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「お客さん、いかがされましたか? 体調、どうかされましたか?」
ここはガラスで覆われた駅のホームの待合室。駅員がやってきて声をかける。
その声はそれまでの静寂を破るような現実に戻してしまうナイフのようだ。
藤原悠月は、しな垂れた顔をあげて、か弱い声で言った。
「だいじょうぶ・・・です」
「そうですか? 当駅は終電もなくなりましたのでまもなく閉まります」
「・・・はい」
その声を聞くと駅員は反対のホワイトのベンチに寝ている若者に声をかけた。
「お客さーん。お客さーん」
駅員は若者を揺り動かした。
「う、うは、うはーん、ヤベ、寝ちまった」若者は言った。
「お客さん、終電終わったよ、もう駅閉めるから、起きてくださいね」駅員はそう言って去った。
「ヤベ、どこだろ? ここ。やっちまった」若者はそう言って身体を起こした。
茶色い短髪、黒いライダースジャケット、破れた黒いジーンズ、リベットだらけの黒いブーツ。若者はバンドマンのようだ。そばにはホワイトのギターのケースが立てかけられている。
待合室には悠月とこの若者の二人が取り残されている。
傍から見ればそこは月明かりに浮かぶ光のカプセルのようだった。
「はあー、フウー、お姉さん、ここどこ?」若者が欠伸をしながら悠月に声をかけてきた。
「・・・」悠月は無視した。
「すみません、ここはどこですか?」
「・・・原田学園前です」悠月は小声で答えた。
「あちゃー、っていうかお姉さん、泣いてる?」
「・・・う、う、ほっといてください」
「ほっとけないよ」若者は悠月に笑顔をこぼすのだった。
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