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1-1
9月末が差し迫った平日。
このところの仕事の忙しさは尋常でなく、体調が優れなくても休むことが許される空気ではなかった。そのため風邪の引き始めを感じたら、一本1400円もする栄養ドリンクを飲んで己の体を奮い立たせて働いた。
そんな激務が終わって、やっと精神的にも余裕が出来るはずだった。はずだったのだ。
「うぅ、気持ち悪っ。なに、あ?まだ、5時……」
眠気を遮るほどの酷い胸焼けで目が覚めると、カーテンの向こうは白み始めているがまだ薄暗い。
風呂上がりに缶ビールを開けたのを皮切りに、その後しこたま飲んでベッドにも行かず、そのまま酔いに任せてリビングのラグの上で寝てしまったらしい。
ゆっくりと体を起こして大きく伸びをすると、込み上げる不快な感覚に顔を歪める。
「ああ、これ片付けなきゃ」
Tシャツとジャージ姿でゆっくりと立ち上がると、テーブルに転がった大小様々な空き缶や、空になったボトルを分別しながらポリ袋に放り込み、二日酔いでガンガンする頭を抱えてボサボサの髪を掻き上げる。
こんな酷い酔い方は生まれて初めてだ。
「ガチの二日酔いってこんな感じなんだ……気持ち悪」
栗平詠琉は、落胆や後悔、悔しさなどが入り混じった複雑な溜め息を吐く。
「あああああ。やってらんないよー」
集中的な激務からようやく解放された昨日の仕事終わり、仕事場から出た直後に、まるでどこからか見ているようなタイミングでスマホが鳴った。
非通知の表示に違和感を覚えて出るのを躊躇ったが、万が一仕事絡みの電話だといけないので仕方なく電話に出た。
『ごめん、彼女が妊娠した。別れてくれ』
この7年で何度も聞いた男の声は一方的に、浮気相手——いや、もはや本命なのだろうが。妊娠したから別れてくれと、言いたいことだけ告げて電話を切ってしまった。
咄嗟にアドレス登録してある電話に掛けてみても、『現在使われておりません』のアナウンスが虚しく響き、メッセージアプリはブロックされたらしく一切連絡がつかない。
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