1653人が本棚に入れています
本棚に追加
19-1
典慈からの食事の誘いを断ると、様子がおかしいと心配されたが、よくある貧血だと適当に言い訳した。
だったら横になれとソファーに寝かされ、一度出掛けた典慈が近くのベーカリーでパンとスムージーを買って戻って来た。
「しんどくて無理なら、後でお腹が減ってから食べれば良いよ」
「ありがと」
「……どうしたの?詠琉、なんかおかしい」
顔を覗き込まれて反射的にビクッと体を震わせる。
その様子に訝しむ顔をするが、詠琉が咄嗟に寒気がすると呟くと、ちょっと待ってろと典慈はその場を離れた。
2階に上がった典慈は毛布を持ってリビングに戻ると、これで少しは暖かいだろうと心配そうに詠琉を労う。
(なにが嘘で、どれが本音なんだろう)
毛布をかぶると目線だけを典慈に向けて様子を見る。心配そうに額に手を当ててから頬を撫でる手は酷く優しい。
「熱はないみたいだけど、顔色が悪いね」
詠琉に断りを入れてからスマホを手に取ると、典慈は何語かも分からない言葉で電話をし始める。
電話。さっきの会話で典慈は確かに電話口の相手を俊博と呼んだ。
『別れたいって言うからどんな女性かと思ってたけど、随分と上玉じゃないか』
あの言い回しからして、電話の相手は詠琉の元カレである藤沢俊博で間違いないはずだ。
そもそも詠琉は典慈と付き合っている訳ではない。ただ一晩寝ただけの相手だ。
しかもその出会いは事故から始まって、湿布の件が無ければそこで終わっていたような希薄な間柄だ。
それに対して俊博にどんなメリットがあるのか必死で考えを巡らせる。
一番可能性として高いのは、こうなることを見越して、遊興に耽っていた情事の最中を、動画か何かで撮影されているケース。
とっくに別れてはいるが、こちらが浮気したせいだと云う証拠を確保されたのかも知れない。
最初のコメントを投稿しよう!