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ゆっくりと、体を起こす。
夏が間近に控えているとはいえ、気温は十度を上回る事は無かった。寒がりでもないから薄めの掛布団をしていたというのに、額を拭えば濡れた汗が滴る。
十時間の熟睡の割には、呼吸は荒く冷汗が止まらない。スマホのアラームを止めようと手に取れば、ちょうど起床時間のコールが鳴った。
時刻は五時を指し示しているというのに、窓辺から見た外は既に明るかった。無人の廃駅跡と湖の水面が窓辺からチラつく。
登山用に用意した汗拭きシートを取り出そうとして、着替えついでに朝シャンをキメようと中断した。
考え事を纏めるにしても、忘れるにしても時間は必要だから。
通知が五月蠅いスマホを布団に投げて、脱衣所へと足を運ぶ。
渇いたタオルを洗面台で濡らし、氷水のように冷たいそれで顔を覆う。
眠気眼を叩き起こすのには最適だけれど、眠気なんて一ミリも無い頭には何の効果もない。それでも、自分を諫めるのには多少の意味はあるだろう。
顔を上げれば、何時もの自分が其処にいる。
相変わらず不愛想でどうにもならない。洗濯機に投げ入れ、寝巻と一緒に回した。
無論、後で乾かしますとも。
山登り当日、天候は晴れ。
水戸家山には雲一つ見えない。頂上では素晴らしい眼下の景色が広がっているだろう。
澄み切った湖からの向かい風が出迎え、乾ききらない髪を揺らした。相棒である登山靴の紐を結び直し、自宅を出る。
バスが来るまで暇があったので、通知止まないスマホの相手をした。宛先は登山仲間の後輩。今頃は二千メートル級の連邦を制する活動に勤しんでいると聞いている。
山肌が荒い水戸家山と同様。その足元は不安定で難しい山だ。彼は如何やら登頂に向かう為のバスの中で、これから挑戦する山の特徴や世間話で言葉が尽きない。
何処へ登ると聞かれたので、水戸家山と答えた。
先輩の技量でそんな山に行くのかとひねくれた感想を頂いたので、エベレストに挑戦する事前準備と返しておく。
確かに、標高が低い水戸家山はあまり難しい山とはいいがたい。
しかして、火山ガスが噴き出す場所や露出した山肌は危険な場所も多く、年間の遭難者も数える程度は存在する。
標高は危険の基準にはならない。
そして、登る意味にも標高は必要ない。
こればかりは意見違うから、俺は不覚を追求せずに話題を切る。お互いの無事を祈り、むさ苦しい野郎共と登るであろう後輩に、庵と登頂した時の写真を送った。
『__ちょっと電話いいですか?』
その主張に答える間もなく、バスが止まる。
行先は、登山口がある温泉街。
少し早めの到着、煌々と照らす太陽は真横から青空を示していた。怒涛の電話コールを無視し、あれやこれやと御託を並べ終えれば、何時の間にやらバスは止まっていた。
互いの無事を祈り電話を切ると、バス停には見知った影が見える。
待ち人来るには、少し早い時間だ。
「__先輩、奇遇ですね。どうしたんですか?こんな所で」
その顔は、わざとらしく笑顔だ。
まだ六時を指し示さない時間帯だというのに、周辺にはチラホラと人の影が見える。どうやらほかの登山客の様で、集団でまとまった彼らは別の山へと挑むようだ。
「じゃ、行きましょうか」
踵を返し後輩は足を進める。
その小さな後ろ姿に付いていくように、俺も一歩を踏みだした。
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