私生活

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私生活

 高宮はマンションの窓から、街並みを見おろしていた。  妻が部屋に入ってきた。 「お帰りなさい、あなた。  同窓会どうだった?」 「どうって、普通だよ。」 「ドキッとするほど綺麗になっている女性はいた?」  妻がいたずらっぽい目で訊くと、高宮はふっと笑った。 「まあ、みんなそれぞれ恋人や旦那がいるだろうからな。美しくもなるだろ。」 「そう。」  妻は夫の胸に身を寄せた。  この人はいつも冷静な人。  だけどとても優しい人。  腕に抱えられると、とても安心するのだ。  子供たちもそう感じているようだ。  皆もう小学生だが、いまだに夫にくっついていたがる。座っている膝の上にのったり、肩によじ登ったり。 「………そういえば、時間が止まっている奴がいたよ。」 「時間が?」 「ああ。でも、少しは大人になってたかな。」 「あなたったら、お父さんみたい。」  妻の指摘に、高宮は少し目を見開いて、フフフっと笑った。 「お父さん、か。」  そういえば、屋代は勉強の面でライバルの1人だったが、プライベートはほとんど知らない。  モラトリアム成人の私生活に興味が湧かないでもなかったが、しょせん他人の生活だ。連絡を取ってまで首を突っ込もうとは思わない。  そんな高宮とは対照的に、「結婚してるのか?」あいつは開口一番そう尋ねた。社交辞令の感じはなかった。なぜ他人の生活に踏み込みたがるのだろう。  まるで子供、ピーターパンだな。  そうつぶやきかけて、やめた。  ピーターパンは永遠の少年だが、一説によると、すでに亡くなっているからこそ永遠の少年なのだという。  あいつは死んでいるわけじゃない。  さしずめ、生きているピーターパンといったところか。  高宮はもう一度、ふふっと笑った。  年齢を重ねてもあの頃のままの奴がいる。その状態は心配ではあったが、個人的には、生きたアルバムが存在しているような、安心感にも似た気持ちがした。  ── たぶんお前の存在意義のひとつだ、屋代。  高宮がそんなことを思ったなんて、屋代は知る由もない。高宮が参加しなかった二次会で飲んだくれて、呼び出された奥さんにケツを叩かれながらタクシーに乗って帰宅。  布団にダイブして高いびきをかき、目がさめてしまった子供たちにケリを喰らっていた。  群れの一員として青春時代を共有した二人の道は、結局交わることはなさそうだ。  大半がそうであるように。                 了
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