水無月が昏い雨に濡れる

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彼の名は織木露風(おりきろふう)という。 この大学で教鞭を取る心理学者だ。 二年程前にこの大学の准教授として着任した織木とは、ここで時々こうして顔を合わせる仲だった。アメリカにあるスタンフォード大学で心理学の博士号を取得したという秀才で、若くして准教授の肩書きをもらう優秀な人材。 そんな話を風の噂で耳にしたけれど、ここに来る織木はいつも寝てばかりで、見た目に気を遣った様子もなく、口も態度も悪い男だった。 「また眼鏡を忘れたんですか?」 「掛けんのが面倒くせえんだよな、でもコンタクトにすんのも煩わしいし」 「危ないですよ、そのうち階段とか踏み外しちゃいます」 「そんな鈍臭いことしねえよ」 目の前にあった織木の顔が遠ざかってゆく。黒い髪はボサボサのまま整えられた様子もなく伸び散らかしているけれど、よくよく見ると織木の顔立ちはとても端正だ。 理一とはまた違う、武骨な男性らしさの漂う堀りの深い相貌は、きちんと整えれば絶世の美丈夫が現れそうな予感がある。 「また大学に泊まり込んでたんですか?」 「家に帰る必要性がない」 「そんなことばっかり言って、ちゃんと休まなきゃそのうち体壊しますよ」 「そら有難い限りだな、こんなクソまみれの世界とは一刻も早くおさらばしたいもんだぜ」 「そんなことばっかり言って…」 織木の口癖は『人間なんか全員クソ』だった。 あまりにも口が悪いので最初はかなり驚いたが、付き合いも長くなってくるとあっさり慣れてしまった。人間はどこまでも環境に適合する生き物だと思う。
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