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今朝の理一は傘を持っていなかった。
傘立てに残された長さ違いの二本の傘がその証拠だ。
朝までは曇り予報だった今日、けれどいつの世も信用ならない天気予報はしれっと書き換えられ、今はすっかり傘マークがすべての時間帯に並んでいる。
降ったり止んだりと気まぐれな空模様を見上げた私は、理一にスマホからメッセージを入れた。「駅まで迎えに行こうか?」その一文を送信してから数分。
今は微かに雨の気配が遠退いていたからか、理一からは「適当にコンビニで調達するよ」と返信があった。
限りなく黒に近い灰色の夜空は泣き出す直前の赤ん坊のような不安定さでこちらを見下ろしている。私はベランダの窓を閉めてから先にお風呂に入ることにした。
時刻は午後十時。
理一の帰りは最近また遅い。
それでも日付が変わらない間に帰ってきてくれる日は、一緒に食事をすることにしている。理一とふたりで囲む食卓を、私はこの世の何よりも愛している。
「え、嘘、なんで濡れてるの?」
帰宅した理一は雨に濡れていた。
お風呂上がりに髪を乾かしている途中だった私は、ずぶ濡れで玄関の扉を開けた理一に目を丸くした。
「駅出る時は止んでたからギリギリいけるかと思ったら家着く直前で急に降り出してきて」
「言われてみたら確かに、すごい雨音だね?」
「まじで災難だったよ」
今朝この家を出る時には清潔に整えられていたはずの理一の黒い髪は、今は濡れて乱れている。ダークグレーのスーツも雨水を吸って黒くシミになっていた。
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