水無月が昏い雨に濡れる

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「ごめん風呂入っていい?」 「全然いいよ、風邪引く前に入って」 「髪、乾かしてていいから」 「うん」 脱衣所の洗面台の前で髪を乾かしていた私は、一旦その場を理一に譲って、理一がお風呂場の扉を閉めてからまた引き戸を開けた。 「お湯、追い炊きしてね」 「んー」 気のない返事がシャワーの水音にまぎれて聞こえてくる。半透明の曇りガラスの向こう側が湯気で燻っているのが見えた。 濡れたスーツが洗濯機の上で心ばかりに干されているのに少し笑って、寝室まで干しに行く。それから私も再びドライヤーのスイッチを入れて温風を髪に当てた。 特にこだわりもなく伸ばしている髪が、人工的な風に吹かれて水気を飛ばす。そろそろ美容院に髪を染めに行かなくては。 「お、今日も美味そう」 髪を乾かし終えた私は理一よりも先に脱衣所を出て、遅い夕食の準備をしていた。そこにTシャツとスウェット姿の理一がバスタオルを被りながら現れた。 早速コンタクトを外したんだろう、さっきまではなかった相棒の眼鏡が理一の目元に掛けられていた。石鹸の良い香りが上気した肌から香る。今は煙草の香りがしない。 「早く髪乾かしてきなよ」 「もう夏だしこのままでも平気だよ」 「そんなこと言ってると風邪引くよ?」 「平気平気」 それより腹減ったよ、と理一がダイニングテーブルに早速腰を下ろす。私はそれを尻目に、そのすぐ奥にあるキッチンから持ってきたおかずを並べた。 今夜のメニューは和食だ。 ぶりの西京焼きと豆腐のお味噌汁、その横に切り干し大根を添えた食卓は質素だけど温かい。けれどこの慎ましい日常が、私と理一にとっては何よりも贅沢なものだった。
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