卯月は甘ったるくて苦手

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都営地下鉄の大江戸線と三田線が交差する春日駅から徒歩十分ほどの、レンガ色をした十二階建てマンションの八〇二号室に私と理一はふたりで住んでいる。 苗字は同じ、邑崎。 けれど夫婦ではなく、歴とした兄妹だ。 理一が小学三年生、私が小学一年生の時から兄妹を名乗るようになった私たちの間に、血縁という深い繋がりはない。 色鮮やかな緑色をした菜の花を塩茹でしながら鼻歌を口遊む理一の横顔は、いつ見ても、何度見ても美しい。まるで中世ヨーロッパの絵画に登場する天使のようだ。なんて言うのは昔の話で、さすがに今はそれなりに大人に成長している。 それでも色素の薄い中性的な面差しと痩躯のひょろりとした長身は、格好良いや男前なんて褒め言葉よりは、『綺麗』という形容詞が似合うままだった。 手先が器用で几帳面な理一は、包丁を扱うのがとても上手だ。今も付け合わせのきんぴらごぼうに使う人参を均等な大きさで細切りにしている。 「明日の日曜さ、花見でも行こうか」 「お花見ってどこに行くの?」 「人混みは面倒だから適当にその辺の公園の桜でものんびり眺めるとか、どう?」 「それ、お花見じゃなくてただのお散歩」 「散歩だって楽しいだろ?」 「そうだね、ならついでにカフェに付き合って」 「お安い御用です」 近所にある公園を抜けた先に、新しくカフェがオープンしているのを実は先週に見つけていた。落ち着いたダークウッド調の内装にたくさんの観葉植物が並んでいて、入ってみたいと思っていたところだからちょうどいい。 理一は食卓につくとまるで女性のそれのように繊細でしなやかな手を合わせる。そして「いただきます」と控えめに呟いて、音もなく箸を持ち上げる。 私は理一が食事をする仕草がすごく好きだ。 おっとりと雅な所作で食事を口に運ぶ。 その仕草を眺めている時間だけが愛おしかった。
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