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俺はそれに一言礼を述べて受け取り、菜々に倣って喉を潤す。海に着く直前のコンビニで買ってからまだ二十分程しか経っていないにもかかわらず、この炎天下のおかげかプラスチックの容器には結露が浮き、中身の緑茶はやや生ぬるかった。
海岸の周囲には時折車通りがある程度で、人が通りかかることすらほとんどないに等しい。波の音だけが聞こえるその場所は、まるでこの世界に菜々とたったふたりきりであるかのような錯覚に陥らせる。
もしもそれが真実ならばこんなにも救われることはないのに。
現実は強固で、何も覆ることはない。
「にしても暑いな」
「本当だね、理一の肌が赤くなっちゃう前に帰ろっか」
「悪かったな、肌弱くて」
「色白だから仕方ないよね」
「菜々だって同じようなもんだろ」
「私も既に焦げてヒリヒリしてきてる」
「ならもう車に戻ろう」
海岸の近くには目ぼしいパーキングすらないので、仕方なく堤防の横の路肩に駐車したままの車はいつ駐車禁止で切符を切られてもおかしくない。
しかしこんな長閑な田舎町で少しばかり車を停めていたところで誰の迷惑にもならないから、それほど神経質になる必要もないだろう。常にピリリとした緊張感を纏っているような都心部とは違い、田舎は警察だって大らかだ。
崩れかけた防波堤の端に、大人ひとりぐらいなら通れそうな隙間がある。若干足場の悪いそこで菜々が足を踏み外すことがないよう手を握って、二十センチ程の段差を飛び越えるのを片腕で支えた。
すると段差を降りる拍子にふわりと髪が弾んで俺の鼻先を掠めた。毎日同じ銘柄のシャンプーを使っているはずなのに、自分から香るそれよりも、菜々の匂いは柔らかく爽やかな甘みを内包しているようで咄嗟に顔を逸らした。
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