文月は海に呑まれて沈む

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俺はそれを誤魔化すようにジーンズの尻ポケットから取り出した煙草のソフトケースを軽く振り、飛び出してきた一本を口に咥える。我ながら堂に入った動作だと思う。子供じみた反抗心にかこつけて、源に誘われるがまま似合いもしない煙草を吸い出したのは、この海に初めてきたのと同じ頃だった。 「ほどほどにしなきゃダメだよ、それ」 「最近また本数増えた」 「ストレスのせい?」 「別にそんな必死になって働いてるタイプでもないんだけどな、俺は」 「でも帰りはいつも遅いじゃない?」 「それは給料のためだよ」 今の仕事はそれなりに楽しいけれど、だからと言って仕事に対して情熱を傾けるタイプかと言えば、そういうわけでもない。淡々と効率的に業務を捌いて最短距離で出世することが俺にとっては最も重要で、やりがいなんてものは二の次だ。 今の菜々との暮らしを守っていけるだけの稼ぎを得られる仕事なら、正直職務内容なんてなんでもいいと思っている。例えば引っ越し業者やトラック運転手なんかの肉体労働でも構わないけど、俺は昔から貧相で、体より頭を使う方が向いているのは誰の目にも明らかだったから、そういう仕事に就いたというだけだ。 金はあるに越したことはない。 幸福が金で買えるとは思わないが、ある程度の安定は金で買える。 「何か軽く食べて帰る?」 助手席に乗り込んだ菜々が貸した俺のシャツを手渡してきながら、そんなことを尋ねてくる。俺は煙草を咥えたままそれを受け取り、後部座席に投げた。
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