文月は海に呑まれて沈む

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蒸し風呂のように熱気が満ちる車内に眉を寄せながらエンジンを掛け、冷房の風量を最強する。これでまだ七月だなんて、地球が自分の踏みつける生命体を殺したがっているとしか思えない。 「微妙な時間だけど帰って作るのも面倒だよな」 「そうなんだよね」 「帰り道で適当な店でも探すか」 車載ナビを自宅の場所に設定してすぐ車を発進させた。燃費の良いハイブリッドの車体はほとんど音もなく静かに滑り出し、海岸通りを横切ってゆく。隣で菜々はスマホを弄りながら帰り道にありそうな店を探しているらしい。 冷房が効き始めた車内でほうっと息をつき、数センチほど運転席側の窓を開ける。生ぬるい風が自分の前髪を撫でた。吸い込んだ煙草の煙を外に吐く。菜々の携帯に接続してあるBluetoothを経由して、行き道に掛けていた音楽の続きが流れ出す。 最近流行っているらしいバンドのバラード。失った彼女を追想する歌詞は悲しくも美しく、失うことを恐れて未だみっともなくしがみついている俺は僅かに自嘲した。 インターチェンジから高速に乗り込んだ辺りで代わり映えのしない景色に菜々がうとうと微睡み始めた気配を感じた。眠っていいよ、という意味を込めて左手で軽く頭を撫でてやれば、安心したように眠りに落ちてゆく。 眩しすぎる太陽の光に当たって疲れたんだろう。俺は眠る菜々の横顔をちらりと一瞥して、運転席のシートに背中を沈めた。西日が差し始めたフロントガラスに網膜が痛む。 隣で眠る菜々の白い頬に、長い睫毛の影が差していた。俺はその横顔から目を逸らして、握ったハンドルに力を籠める。 あの海の中にふたり飲まれてしまえたら。 絶望的な思考を辿る自分の悪癖に、俺はもう、笑うしかなかった。
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