葉月に線香花火を焚いて

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葉月に線香花火を焚いて

すり切れそうな蝉時雨に耳が痛む葉月。 夏特有のうるさいほど鮮やかな青い空の下を歩くだけで暑さに息が弾む。排気口から澱んだ空気が放たれるほどに噎せ返るような暑さが増すようで、その煩わしさに私は嘆息をこぼした。 気付けば時節はお盆に突入した。 毎年のことながら休暇の長い理一が束の間の暇を持て余すのに漬け込んで、普段通い慣れたところよりも規模の大きなスーパーまで車を出してもらった。 立体駐車場の中に停めた車から出て店内に移動するまでの僅かな間で既に皮膚が鬱陶しく湿気る。私と理一の間を通り抜けるぬるい風。ほんと異常だなと理一はずれた眼鏡のブリッジを押し上げながら呟いた。この異常が年々通常になりつつあるのが心から恐ろしい。 「ほんと嫌になるね、夏」 「昔は今ほど嫌いじゃなかった気がすんだけど、年かな?」 「体力が衰えるからね」 「三十路にはきついんだよな、この暑さ」 「わかる」 まだ三十路には突入していないけど。とはいえ来年には私もその大台に乗ってしまう世代なので、他人ごとではない。出会った頃はまだ小さな子供だったはずの私たちは、もう見た目と立場だけは立派な大人で、けれどその入れ物に中身が伴っているかと問われれば心許ない。 熱を飽和したように大気が揺らぐおかげで夏の空は時折歪んで見える。立体駐車場から繋がる連絡通路を渡り、大きなカートがいくつでも入りそうな大型のエレベーターに乗り込んで二階に降りた。
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