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暮れなずむ街にぬるい風が吹いていた。
夕暮れの赤が夜の中に吸い込まれてゆくような空の色を見つめながら、ベランダで煙草を燻らせる理一の隣に立った。理一の着ていた白いTシャツの裾が悪戯な風に弄ばれる。
「線香花火なんて何年振り?」
「たまには童心に返るのも悪くないだろ?」
「まあ言われてみたら、ね」
童心に返るなんて言いながら煙草を咥えている理一は、大人という名をした特権にしがみついていたいようにも見える。あの時、もしも私と理一が子供だったら、きっとこんな風には過ごしていられなかった。
自分の面倒を自分で見なければいけないということは、不安と安堵が同居しているようなものだ。自分の力で生きてゆくのは苦難を伴う。けれど誰かを頼らなければ生きていけないのは逃げ場がない。
それは昏い部屋に閉じ込められても自力じゃ抜け出せないということだ。
そこに在るのはただの絶望だけだ。
「送り火って本来はどうやって焚くのが正解なんだろうな?」
「意外と知らないよね」
「墓参りの仕方も、もう覚えてないな」
念のためマグカップに汲んできた水を理一に差し出す。ベランダの真ん中でしゃがんだ理一は、袋から線香花火を二本取り出した。そのうち一本を私に手渡してくる。刹那的な逡巡の末にそれを受け取った私は、理一に倣って隣で膝を折った。
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