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「ねえ、線香花火の匂いってお線香の匂いと同じなのかな?」
「そういうの改めて考えるとわかんないよな」
「そうだよね」
チープな百円ライターを部屋着のポケットから取り出した理一が、それで線香花火の先に火を灯す。パチパチと橙色の光を飛ばす花火。すぐ傍でぶら下がるふたつの灯りは、けれど決して交わることがない。今にも地面に落ちてしまいそうなその儚さが意味もなく胸を締め付けた。
どうしてこの世に不変は存在しないのだろう?
消えて欲しくはないのに。
理一の隣にしか居場所はないのに。
「…泣くことないだろ」
柔らかに空気を溶かすその声が好きだ。
出会った瞬間から、私の祈りだけが変わらない。
何もかもが移ろいゆくこの世界で、私だけがひとり停滞し続けて、淀んだ不健全な感情を持て余している。幸せさえも望まずに、理一だけを望んでいる。
理一の綺麗な指先が私の頬を濡らす涙をそっと拭うと、余計に涙腺が決壊した。それに困ったように微笑む気配がして、慈しみ以外の何も孕むことのない優しくて残酷なその手が、私をそっと抱き寄せた。
もう線香花火は枯れている。
「俺のせいでごめんな、菜々」
まるで雪解けの季節のように、満開の桜の花のように、ぽっかりと空に浮かぶ夕日のように、理一の優しさはどこか寂しさと隣り合わせだ。
送り火を焚かなければいけないのも、お墓参りの仕方を忘れてしまったのも、何もかも私が理一からすべてを奪ったからなのに。
なのに強欲な私はまだ理一を手放さずにいる。
身勝手で高慢で、厚顔無恥だ。
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