葉月に線香花火を焚いて

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「どうして、理一が謝るの…?」 「俺が菜々の大事なもの全部壊した」 「違う、よ…、そんなの、全然、全部、ちがう」 壊して奪ったのは、私だ。 本当は、もっと幸せな人生を享受することの出来るひとだったのに。 私が理一の人生に割って入ったばっかりにすべての歯車が狂った。報われない片思いなんかよりも、報われない両思いのほうがよっぽど不毛だ。 この先どこにも救いがないのに、それでも私たちはこの部屋を抜け出せない。それは理一にとっては贖罪で、私にとってはただの幸福だった。あの時理一が苦しみながら口にした言葉は、私にとっては甘い魔法の言葉だった。 こんなにも不公平で卑劣なことがこの世に存在するだろうか? 「ごめ、んなさ、ごめん、なさい」 「菜々、俺のこと見て」 固く強張った声だった。 理一には似合わない声を出させたのも私だ。 どうして止まったのは私の心臓じゃなかったのだろうか?元々打ち捨てられたこんな心臓で良ければいくらでも差し出すのに、どうして理一の大切な人を連れて行ってしまったの? 「俺たちはただの兄妹だろ?」 それはまるで呪いの言葉のようだ。 けれど私たちはその言葉に縛られることで呼吸を許されている。このどん詰まりの部屋に『兄妹』なんて肩書きだけを転がして、嘘で塗り固めた日々を必死で守り続けている。 それでもこの部屋の中でしか生きていけない。 水槽に飼われた魚のように。 今さらこの部屋と寂しい理一の隣を失ってしまったら、私はもう生きていけない。たとえば心臓を動かし続けることは出来るかもしれないけれど、その生理的な反復行為が生きることの本質だなんて、到底思えなかった。 「菜々、ごめんな」 頼りない理一の腕が私を抱き締める。 それは壊れた恋の中で淡く輝き続ける記憶と、 何ひとつ変わらなかった。
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