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『…き、たい?』
『だって俺が町を出る前日に、そんな風に泣くのは妹じゃなくて恋人だろ?』
その肩書きを何度望んだだろう?
無条件に理一に触れられる華奢な誰かの手を想像して、心臓の裏側をじりじりと火で炙られるような痛みに犯された。その痛みから今も少しも抜け出せなくて、苦しい。
『期待して、馬鹿な勘違いするよ、俺』
『…り、いち?』
『菜々が俺と同じ気持ちなのかもしれないって、妹にはしちゃいけないようなこと、今からするけど、いいの?』
理一の瞳の中で夕日が燃えている。
でも、もしかしたら、そこで燃えていたのは夕日ではない何かだったのかもしれない。
地面にしゃがみ込んでいた理一がゆっくりと立ち上がり、私の濡れた頬を親指で撫ぜた。そして背中を丸めるように身を屈め、端正な顔が近付いてくる。
目を開けたままの理一が最後の選択を迫るかのように、酷く静かに私を見つめていた。その瞳の中に映った私は自分でも驚くほどに迷いのない目をしていた。だって理一が私に触れることに許可を求めるほうが不自然な気がして。何故なら私の心は出会ったあの時から、隅々まですべて理一で埋め尽くされていたから。
『…ほんと不毛で馬鹿だよな、俺たち』
唇が重なる間際、理一がそう呟いた。
本当に、どこまでも不毛で馬鹿な私たちだった。
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