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「トラウマの克服法?」
目の悪い男の顔には今日も眼鏡がない。
織木は相変わらずくたびれた背広姿でラウンジスペースのソファーに腰掛けながらテーブルの上に脚を上げている。どこまでも尊大な態度だ。
「トラウマありそうな顔だもんな、お前」
「…私の話ではないです」
「はいはい、オトモダチの話な?」
何もかも見透かしたように、嫌味に眇められる織木の瞳は深いブラウンをしている。
きっと私が母親と過ごした過去から解放されたいと願ってやまないことを、この怜悧な瞳は気付いているのだろう。その内容までは定かではにしろ、私の中に燻ぶった火種があることは知っている。人の心理を探求するのが彼の仕事だ。
「でもそんなもん人それぞれだわ」
「そうですよね」
「俺は一応精神科医の資格も持ってはいるけど臨床経験はそれほど多くない。割りと振り切った学者畑の人間だし、トラウマを患った人間の治癒に役立ちそうな人格してるようにも見えねえだろ?」
背広の懐を漁って煙草を取り出す。億劫そうに立ち上がった織木はテラスに繋がる扉を細く開けて、その隙間に煙を逃がすように煙草をふかした。一応この場所は禁煙だけど、指摘したところで織木が煙草の火を消したことはない。
「ま、それでも時々依頼は来るけどな」
名声ってのは鬱陶しいもんだな、と皮肉屋が言う。
織木露風の名は日本の心理学会の中でもひと際大きく轟いている。欧州の著名な医学賞を授与して以降、その名声を聞きつけた人たちが藁にも縋るようにして織木の元を訪れるのだ。
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