長月を巡る伽藍堂な追憶

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しかし心理学というのは膨大な人間から得られる学術的データに基づいた統計学だと織木は言う。そのデータに人の心を救う力が司っているのかどうかなんて、私には判然としない。そしてその法則を理解したからと言って、人の心をすべて見通せるわけでもない。 「お前の、あー…オトモダチの?トラウマがどんなもんかはわかんねえけど、多分克服とか解決とかを求めんのがそもそも間違いなんだよ」 吐き出される煙が空気を濁す。 織木の瞳が、何かを確かめるように私を見た。 「この手当たり次第に色んなゴミ搔き集めて出来上がった掃き溜めみてえな世界に問題解決なんてもんは存在しねえんだよ。幸せ?愛?笑えてくんな。適当に他人と自分の世界に折り合い付けながら、死ぬまで足掻くだけ。こんな世界を地獄と呼ばずに何て呼べばいいのか、神ってもんが実在するなら俺は聞きたいな」 厭世主義もここまで来ると潔い気がした。 この人は本当に心を病んで、藁にも縋る思いで自分の元を訪れた人間にも、こんな風ににべもない言葉で突き放すのだろうか?それは精神科医としては職務放棄に当たるような気がするけれど。 「別に突き放しはしねえが、事実は事実として伝える。それがその人間がこれからこのゴミ溜めを生きてくのに必要な要素ならな」 「必要でない場合は?」 「そもそも俺がその人間に必要ないんだろ」
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