長月を巡る伽藍堂な追憶

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実の母の夢を今でも見るのはトラウマですか? そんなことを織木に問うか少し迷って、結局は口に出すことを躊躇った。今の私と織木は医師と患者として向き合っているわけではない。他愛もない世間話の隙間に挟むには、あまりに重い話だった。そして織木に事実を突きつけられ、問題解決を諦める勇気もまだ持てそうになかった。 織木露風という男は容赦がない。 それは誰に対しても等しいのか、そうでないのか。 ふとそんなことを思って、何気なく「織木さんは恋人とかいるんですか?」と尋ねると、酷く不審げな顔をされた。この程度の世間話にそう目くじらを立てることもないだろうに。 「何の話だ、突然」 「人間嫌いでも恋をするのかなと、興味本位で」 「詮索してくんな、うぜえ」 盛大な舌打ちを吐いた織木はそのまま携帯灰皿に吸い殻を捨てると、ぞんざいな足取りでラウンジを出て行った。私はその背中を見送りながら、織木が恋をするのかという問いに肯定も否定も言わなかったことを、こっそりと心の中で笑った。 *** その夜も理一の帰りは遅かった。 今年の春から課長に昇格したという理一は日々忙しそうにしていて、時折休みの日でも社用の携帯が鳴る。私は年に二度ある棚卸の日ぐらいしか遅くまで残業になることはないような仕事なので、理一の仕事がどれだけ大変なのか、理解出来ないことが酷く歯痒かった。 「ただいま」 時計の針が深夜を指しかけた頃、理一が帰宅した。
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