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細身のネイビースーツに包まれた体がどこか疲労している様子に、胸が痛んだ。玄関先まで理一の鞄を受け取りに走って、理一から駅に着いたというメッセージをもらってすぐに追い炊きしたお風呂を薦める。
随分と好待遇だなと苦笑する理一がお風呂場に消えたのを確認してから、私は昨日作った煮込みハンバーグを温め直す。部屋の中に煮込まれたハンバーグのいい匂いが充満する。
「お、煮込みハンバーグか」
お風呂上がりの髪をバスタオルで適当に拭きながらキッチンに現れた理一は、鍋の中で煮込まれているハンバーグを見下ろして上機嫌な声を出した。
「最近また忙しいの?」
「まあ毎年夏は繁忙の時期だからさ」
「そっか…」
最近予定外のトラブルも多いんだ、と項垂れる理一はもう眼鏡を掛けている。部下が面白い案件を掘り当ててきたけど、それがもとで残業が増えていると複雑そうに呟く。
他愛のない話を重ねながら、リビングに移動してダイニングテーブルに腰掛ける理一の前にハンバーグのお皿を置いた。もう部屋のカーテンは閉められている。
世界から閉ざされた部屋の中でふたりきり。けれどここにある恋はもう壊れている。だから私たちはもう二度と恋人には戻ることが出来ない。
それを悲しく思うことさえ、罪なのかもしれない。
「さすが外れがないな、菜々のハンバーグは」
暢気な調子で理一が笑う。
だから私は今だけ、昏い罪に目を瞑ることにした。
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