紅葉の龍離譚

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 迫りくる炎が襲い掛かる。凄まじいまでの熱と轟音とともに。  今更になって強い執着と恐怖がこみ上げた。生存本能が警鐘を鳴らしている。今すぐここから離れたいと叫んでいる。  それでも後悔だけは決してしない。  呆然とした顔でこちらを見ている少女。  目の前の彼女を救うという選択ができたのだから。  その想いを胸に、道成辰巳は炎に呑まれた。   人生には窮地というものがいくつかある。  今、自分が置かれている状況は間違いなくそれだと道成辰巳は認識した。それが乗り越えるべき壁だとも、認識した。 「お前なら行ける」 「絶対できるって」  クラスメイトが辰巳を鼓舞する声をかける。 「が、がんばるよ」  目の前の敵をじっと見据える。  それはガスバーナーだった。主に科学の実験で使われる。  辰巳がすべきことはこのガスバーナーに火をつけること。それだけだ。マッチを取り出し火を付けようとする。  しかし指先は震えてなかなかマッチに火は付かない。 「…………無理しなくていいぞ」 「できるって」  虚勢を張ろうとしたが、現実としてマッチに火が付いていないのは確かだった。
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