紅葉の龍離譚

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 授業の内容に追いついていないわけではないのに、意識が少しずつ遠のいていく。教師の声が耳に届かなくなっていく。  授業に集中しなくてはいけないという緊張感だけで、薄れていく意識を保とうとするものの、辰巳の意識は現実から引き離されていく。  そしてついに、辰巳は意識を手放してしまった。    紅葉が舞っていた。  何もかも埋め尽くすほどの夥しい真紅が舞っていた。  紅葉が輝いていた。  その色彩が目を潰しかねないほどの真紅が輝いていた。  紅葉が舞っていた。  捧げるように。はしゃぐように。  紅葉が輝いていた。  陽射しのように。笑顔のように。  紅葉が体を包み込む。  それは抱擁か。  それとも捕食か。  この世のものとは思えないほど眼前の光景は美しくて、胸の奥が強く締め付けられる。  なのに涙は滴り落ちない。  紅葉は近づきすぎて、はっきりと形を捉えることもできない。  あれだけ鮮明に輝いていた紅も、ぼやけてしまっては台無しなのに。  ふと理解した。  ああ、自分もあの紅の一つになったのだと。  紅葉ごと風に攫われて、体がふわりと宙に浮く。  最後に感じたのは頬に滴り落ちる熱だった。
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