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「それにね、杉原部長と森下さんが付き合ってるって噂が広まっていることで、“これだけ美人だったら杉原部長が好きになるのも理解できるわ” って、ここでもみんな納得すると思うの。特に女性は嫉妬したり、羨ましいって思っても、誰もが納得する美人なら仕方がないって諦めがつくからね」
「そうですね。あの姿見たらジュニアが惚れるのも納得できますもん。同じ女性の私でも友梨子さんを好きになっちゃいそうだし」
「それともうひとつ、“もしかしてあの姿で出社してたのも、杉原部長が森下さんに他の男性が寄ってくるのを心配して、わざとさせてんじゃない? それもあるはずよ。だってあれだけ溺愛してるんだから” ってなるわけよ。最後には、“付き合っているのがバレたから、もう本来の姿で出社し始めたのね、誰も社内の男は手を出せないもの” ってな感じで噂は落ち着いていくと思うわ。社員全員がそんな風に思うことはないけれど、ここは私と平川さんの出番で、噂を誘導するの。みんな絶対に森下さんには聞きづらいから、私たちにそれとなく聞いてくるからね。森下さんと同じ総務の私や平川さんが、“森下さんが姿を偽っていたのはしつこい元カレからのストーカー対策で、私たちは相談されてたから前から知っていたし、危ないから目立たないようにその姿のままがいいって言ってたの。でもこの間、杉原部長が会社にきたストーカーを撃退してくれて、私たちもやっと安心したのよ” みたいな感じでみんなに話せば信憑性はあるし、ある程度の人たちは信じるわ。誰も真相は知らないんだから。相手が杉原部長だから多少やっかみは言われるでしょうけどね。でもそれは美人の宿命だから」
「ほんとだ! 桐田さんすごい。頭いい! 私も桐田さんの意見に賛成です。今だったら友梨子さんが誰にも不思議がられることなく、自然に元の姿に戻れますよ! そのためなら私、どんどんストーカーの噂流して、ジュニアが撃退したってみんなに言います!」
「そう、だから今が絶好のタイミングなのよ。みんなが納得する理由がないと変な噂を立てられるだけだし、こんなきっかけでもないと、森下さんはこれから先も今のままの姿で過ごすようになってしまうからね」
桐田さんの話を聞いて、そんなに上手くいくはずはないと思いながらも、いつの間にかその意見に心を動かされている私がいた。
確かに今までの私は、この姿で過ごすことに全く何も思わなかった。ずっとこのままで構わないと考えていたほどだ。でも部長のことを好きになってからは、もっとお洒落をしたい、部長の前では女性らしい姿でいたいと思い始めていた。だけど今さら急にメイクをしたり、ウィッグを脱いで会社に行くことはできなくて、結局はこの姿のままでしかないんだと諦めていた。
本当の姿を披露する怖さはすごくある。
今すぐ本当の姿で出社を……と言われたら、やっぱり躊躇してしまう。
だけどもし、ここで変われることができたら──。
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