第三章 信念

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 だがそう言えるはずも無く、優真は黙り込んだ。課長は、そんな優真の肩をポンと叩いて去って行く。彼の後ろ姿を見つめながら、優真はふと、去年の出来事を思い出した。 (そうだよ。それに、あの時だって……)  昨年秋、いかにもなその筋の男が、この社会福祉事務所を訪れたことがある。対応した女性職員は、暴力団組員は生活保護を受けられない、とハナから突っぱねた。男は、今は組を抜けた、と必死に訴えた。 『頼んます。まだアパートだって借りれないし。ムショから出たとこだから、今夜寝泊まりするとこも無くて……』 暴排条例により、暴力団員は組を抜けた後五年間、賃貸契約が結べないのだ。だが女性職員は、それを聞いてますます嫌悪感を抱いたようだった。我慢ならず、優真は面談に割り込んだ。 『組は抜けたって仰ってるじゃないですか』 『抜けた証拠は無いでしょう』 女性職員は、けんもほろろに答えた。課長も、見て見ぬふりをしている。 『じゃあ確認すればいい』  優真は、自ら警察に照会した。回答が来るまでの間、宿泊場所も手配してやった。結果、男は確かに暴力団を脱退したことが確認され、生活保護の支給が決定した。  そしてしばらくして、男は保護の打ち切りを自ら願い出た。就職が決まったのだそうだ。 『あん時は、マジで助かりました』  男は、笑顔で優真に礼を述べた。元ヤクザは暴排条例により、様々な社会的制約を受ける。生活保護が命綱になった、と彼は語っていた。 (ああやって、真面目に働く気のある元ヤクザだっていたじゃないか……)  そんなことなどすっかり忘れた様子の課長は、他の職員と談笑している。そんな彼を横目に、優真は心の中でぼやいたのだった。
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