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「ありがとうございます。夜分失礼しました。またエスプレッソ、飲みにいらしてくださいね」
女店主が、腰を上げる。氷室はにこやかに頷いた。
「ああ、是非。お宅のは絶品だ。……おい、途中までお送りして差し上げろ」
はい、と勢いよく返事をして、舎弟らが彼女の後を追う。優真は、ようやく扉を閉じた。氷室に見つからないうちに、大急ぎで階段を駆け上がる。その胸は、熱いものでいっぱいだった。
部屋へ戻ると、優真はシャワーを浴びた。それからリビングで、用意されていた食事を取る。この部屋に来て以来、氷室は優真のために、欠かさず夕食を作り続けているのだ。組長ともなれば忙しい身だろうに、どこから時間を捻出しているのだろうと思う。
そうこうしているうちに、 氷室が帰って来た。
「悪い、遅くなった」
言いながら氷室は、優真の隣にどっかりと腰かけた。優真は、思い切って尋ねてみた。
「徹司さん。昨日の不正受給の人ですけど。扶助を辞退したそうです。それに、匿名の電話もあったとか。……あの、もしかしてあなたが?」
「ああ、あれくらいお安いご用だ」
氷室は、あっさり肯定した。
「ありがとうございます……。僕は何もしていないのに、上司に褒められてしまいましたよ」
「何もしてねえことはねえだろ。あのガキに聞いたぞ? 困っている奴に渡らない、とか言って聞かせたそうじゃねえか」
「そんな大げさな……。本当のことを言っただけです」
優真は赤くなったが、氷室は大真面目だった。
「いや。世の中には、その『本当のこと』がわからねえ奴ってのがいるんだよ。東郷組には、そういうふてえ野郎がわんさかいやがる。というわけで、他に不正受給してる連中の情報は全部、お前の職場に流しといたからな」
「ええ!? 本当に?」
優真は仰天した。
「それは助かります。扶助が打ち切れれば、その分、困窮している方を救えますね」
思わず、顔がほころぶ。氷室は、そんな優真をじっと見つめていたが、ふと険しい顔になった。
「確かにな。だが、でかいシノギを奪われたとなれば、東郷組も黙っちゃいねえだろう。いずれにせよ、あの連中とは徹底抗戦することになった」
先ほどの話を思い出し、優真は神妙に頷いた。
「その関係で俺は、明日から忙しくなる。帰りは遅くなると思うから、先に寝てろ。それから人手が要るから、城も連れて行く。護衛は別の奴を付けるからな」
「わかりました……」
やはり城の話は本当だったのか。せっかく打ち解けたのにな、という思いが胸をかすめる。すると氷室は、クスクス笑った。
「何だ、えらくおとなしいな。俺がいなくなるのが寂しいか?」
「はい」
優真は、反射的に頷いていた。
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