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1-2 天使トワと勇者カイ(2)
ガチャ。
トワは、家に帰ってきた。
すっかりと綺麗に片付いた部屋。
「ふぅ……変わった人間だったな、カイか……」
昨日今日の出来事は、トワの平穏な日常生活の中で大いに刺激的な事だった。
優しすぎる男……無為に命を落とさねばいいのだが……。
気が付いたら、カイの行く末を心配していた。
野良猫一匹の為に命を投げ出すような男だ。本当に、勇者として無事に使命をまっとうできるのだろうか?
道案内の前任者にでも聞いてみるか、と思いたったところで、ふと、テーブルの上に何か置いてあるのに気が付いた。
「ん? なんだこれは?」
手紙を拾い上げる。
『トワ様、こちら早目に召し上がってください。いつまでも素敵な笑顔で。カイ』
「いつの間に……」
皿の上には、残った材料で作ったのか、また見たことが無い料理が乗っていた。
「魚の形をした菓子か?……」
それを手にして口に運ぶ。
生地の中には、マメを砂糖で煮た餡がたっぷりと詰まっていた。
「甘くて美味いな。確かに人間も捨てたものじゃない……ふっ、ふふふふ、ははは」
はっ……
トワは、鏡に映った自分の顔を見た。
そして固まった。
「笑っている? この私が……いつ以来だ?」
トワの脳裏には忘れることができないあの日の事が浮かんでいた。
それは、5年前。
最愛の妻、マリを看取ったあの日の事。
青空を見たい。
その願いを叶えるように窓際に置いたベッド。
そこに横たわるマリ。
トワは、必死にマリの手を握り締める。
「マリ! 死ぬな!」
それは不治の病だった。
マリは、痛みに耐えながらもトワに微笑み掛けた。
「あなた、あまり悲しまないで……あたしの事は忘れて……」
「何を言うんだ! お前のことを忘れるわけないだろ、バカを言うな!」
「いつかまたあなたを笑顔にしてくれる人が現れるわ。その人を大切にして……」
「お前以外にいるわけないだろ! 死ぬな! 死なないでくれ! マリ、お願いだ……マリ!」
「笑って……あなた……」
マリ……マリ……
何度も叫び続けた。
そして、一人ぼっちになった。
トワの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「もう5年か……早いな……」
マリと一緒に読んだ本の数々。
旅行記、ガイドブック、地域の歴史書。
それは、本の中でだったら世界中を旅をすることができるから、という理由で一緒に読み始めたもの。
今でもそれらを読めば、マリと一緒に旅行が出来る。
簡単な仕事を引き受け、本の世界に引き籠る毎日。
「……笑顔にしてくれる人……か。さすがに、もう行っただろう……」
****
トワは、何の気なしに家を出た。
どうしてそんな事をしたのか、自分でもよく分からない。
森に入り、ほこらまできた。
するとどうだろうか。
ほころの前にカイがいるではないか。
カイは、しゃがみ込んで何かしている。
トワは、何故か嬉しくて走り出した。
「何をしているんだ? カイ」
「あっ、トワ様? どうしてここに?」
カイは驚いた顔で言った。
「それは、こっちのセリフだ。お前は下界に行ったのではないか?」
「えっと……そうなんですが、これを見てください。重大な発見です!」
カイが見ていたのはほこらの横に群生していた植物だった。
指さす先には、玉のような野菜がいくつもなっている。
トワは、首を傾げて尋ねた。
「ん? その植物が何か?」
「これ、自生しているキャベツっぽいんです。ああ、もとの世界の名前なのですが……これを食材に使えば、もっと美味しいお好み焼きができたと思うのです」
目をキラキラさせて話すカイ。
トワは、話が掴めずにいた。
「……カイ、私には何でそれが重大なのか分からないのだが?」
カイは、立ち上がるとトワの顔をまじまじと見た。
「何を言っているんですか、トワ様! 美味しいお好み焼きができるって事は、もっともっとトワ様を笑顔にできるって事なんです!」
「なっ……」
カイの勢いに押されるトワ。
「トワ様、今晩もう一度、チャレンジさせてもらっていいですか?」
「し、しかし……」
道案内の指針には、勇者を速やかに下界へ送り出すように、とある。
一晩ならず二晩もとなれば、さすがに規則違反を問われても反論の余地はない。
カイはすがるような目で訴えかける。
「お願いします!」
「だ、だめだ……」
トワは、そう言おうとして、マリの声を聞いたような気がした。
……その人を大切にして……
マリ……。
トワは、自分の胸をギュッと抑え、そして、言った。
「……分かった。いいだろう。もう一晩だけだぞ……」
****
二人の食卓。
トワの前には再びお好み焼きが置かれている。
「さぁ、どうぞ!」
カイは、自信満々の顔つき。
トワは、お好み焼きを一口、口に入れた。
そして、もぐもぐと味わいながら飲み込む。
「……まぁ、確かにな……美味い」
「トワ様!」
やった、やった、と大騒ぎをするカイ。
「嬉しそうだな、カイ……」
「もちろんですよ! トワ様だって嬉しそうですよ!」
「なっ……まぁ、美味しいものを食べればな……」
トワは、カイの喜びようが移っただけだ。
そう自分に言い聞かせ、お好み焼きの続きに取り掛かった。
****
二人並んで暖炉の前のソファに座り、火の揺らめきをぼうっと眺めていた。
お腹が満たされた以上の満足感。
それが何なのかよくわからない。
トワは、横目でカイの横顔を見つめた。
……本当に不思議な男だ……この男といると調子が狂う。でも、全然嫌な感じはしない。何故だろう……。
トワの視線に気が付いたカイは、にっこりと笑った。
「ねぇ、トワ様」
「なんだ?」
「森の中をもう少し探索させてもらえませんか? きっと、他の食材もあると思うのです。そうすれば料理の幅が広がって……」
トワは、スッと手を上げて、カイが続きを言うのを制した。
約束は今晩までだったはず。
それを、無言で伝える。
しかし、カイは負けじと最後まで続ける。
「だめ……ですか?」
上目遣いでトワを見つめる。
熱い視線。
トワは、わざと目を合わせないようにそっぽを向いた。
静寂。
暖炉にくべた薪がパチっと鳴った。
再びカイの方を見ると、まだトワに視線を送っている。
トワは、はぁ、と深いため息をついた。
「カイには負けたよ……いいだろう。どうせまた下界に行かずに引き返してしまうのだろうからな……」
「やった! トワ様、大好き!」
カイは、勢いよくトワに飛び付く。
えっ?
トワはあまりにも突然の事で驚いた。
しかし、すぐにカイの温もりが心地よく全身に伝わった。
トクン、トクン……。
心臓の音。
自分のか? それともカイのか?
……おそらく、自分のだな。
トワは優しくカイの体を引き離した。
「おいおい、カイ」
「ご、ごめんなさい……つい、嬉しくて……」
顔を真っ赤にして小さくなるカイ。
自分の行いを恥じるそぶり。
……そういうところが可愛いのかもな。
トワは、クスッ、っと笑いカイの両肩に手を置いた。
「いいか、カイ。森の中は危ない。私と一緒の時しか入ってはダメだからね」
「はい!」
カイは元気よく答えた。
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