愛だとか恋だとかをめぐる、長い夜

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 亜衣の瞼が落ちてくる。しばらく黙っていると、亜衣の頭がコクリコクリと何度も揺れ、ようやく尚也の肩の上に落ち着いた。身体をゆだね、安心しきった寝顔を見せてくれるのが嬉しかった。こんなに近くで寝顔を見るのは初めてだ――。  一時間ほどして、乗換駅に着く直前、ハッと亜衣が目を覚ました。「ごめん、私、どれくらい寝てたの?」尚也が駅名を言うと、ごめんごめんと平謝りだった。 「重かったでしょ」 「別に」尚也が笑う。亜衣は恥ずかしそうに俯いた。 「なあ、次で降りてみないか」 「え?」尚也の提案に、亜衣が驚いた表情を見せる。 「次の駅、歩いてすぐに海だから」 「寒いよ?」 「でも、亜衣、海好きだろ?」 「――ありがとう」  亜衣がほほ笑む。その顔が可愛い。  途中下車して、二人で並んで歩く。降りた駅は小高い丘の上にあり、目の前の坂を下って行くその正面には、広大な太平洋が広がっている。ちょうど夕暮れ時で、西の空が朱に染まっていた。暗くなりはじめた海面には、近くのホテルやマンションの明かりが反射してキラキラ光っている。  海沿いの遊歩道まで歩いて、その手すりにもたれ掛り、亜衣が言った。 「そういえば、前にも二人で来たね。私が悩んでたとき、尚也が連れてきてくれた。歩きながら、いろんな話聞いてくれたよね。あれ、嬉しかったな」  そうだっけ。本当は覚えていたけれど、照れ隠しでそう答えておく。 「私、中学まで友だちとか全然いなかったから。あんなに本音で話せたのって、人生で初めてだった。ありがとね」  亜衣は海の方を向いて言った。 「ねえ。私たち、ずっと、友だちだよね――?」  ずっと、友だち――なんて。俺は嫌だ。  尚也の中で何かがはじけた。ずっと、本当の気持ちを押しとどめていた何かが。嫌だ。嫌だ。ずっと友だちだなんて。  亜衣は不安げな表情で、なかなか返事を返さない尚也の方を向いた。 「亜衣、好きだ」尚也は呆然と立ち尽くす亜衣を抱きしめる。「好きだ、亜衣」言葉に、表情に、亜衣を抱く腕に、すべてに思いを込めて。  どれくらいの時間が経っただろう。一分か、五分か、それとも十秒くらいしか経っていなかったかもしれない。 「ありがとう――でも、ごめん」亜衣は言った。「私、好きな人がいるから」  知っていた。知っていて、告白した。俺は卑怯者だ。そして、「そっか」と言ってしまった俺は、意気地なしだ。 「尚也とは、ずっとこのままの関係でいたいの。ずっと、信頼し合える親友でいたいの」  信頼し合える恋人でいたい。恋人じゃなぜだめなんだ。 「俺の気持ちは変わらないから。だから、待ってるから」  亜衣は、何も言わなかった。二人で、しばらく海を見つめていた。 「帰ろうか」  先に言ったのは、亜衣だった。「うん。帰ろう」尚也も頷いた。二人並んで、坂道を上る。    大学に入っても、四人の仲は変わらないと思っていた。事実、大学一年の最初のころは、よく週末に行き来して集まっていた。でもそれも二年、三年と経つごとに減っていった。  尚也は、亜衣とよく電話で話をした。大体は亜衣の方からかけてきてくれた。それも、年を経るごとに減っていって、向こうで彼氏ができたんじゃないかと尚也は一人で思い悩む日々が続いていた。  悩んだって仕方がないのは解っていたけれど、亜衣が誰と付き合おうが、それは亜衣の自由だって理屈では理解していたけれど、でも――感情は抑えられなかった。  そして――あの日。  亜衣は、俺の目の前で、アイツと――キスをした。俺が見ていたことに気付くことなく。
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