愛だとか恋だとかをめぐる、長い夜

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 そして亜衣は、俺の目の前で、アイツと――キスをした。       *  五年前――高校三年の冬。嬉しいような淋しいような、そんな気分だった。  第一志望の大学に合格して、飛び跳ねて喜ぶ亜衣。尚也は「おめでとう!」と言いながら、無理矢理に笑顔を作った。だって、亜衣の第一志望の大学は、尚也が合格している大学ではなかったから。亜衣には第一志望に受かってほしいけれど、それは自分との距離が離れてしまうことを意味する。  高校の三年間を、ほぼ毎日一緒に過ごした、亜衣と、稔と真里菜と、尚也。四人とも、中学校までの友だちとは離れ離れになって進学してきた。四人が固まったきっかけは単純で、一年生のとき、クラスの名簿順で並んだから。初日からなぜだかウマが合って、その上偶然にも三年間同じクラスだったこともあって、ずっと仲良く過ごしてきた。  亜衣はよく笑い、よく話し、尚也の一番傍にいた。活発で、ちゃっかりもので、いつも目標は高く持っていた。失敗してもへこたれない、そんなところにあこがれた尚也自身は、頭の回転は速いけれど行動に移すと途端にどんくさくなるタイプ。亜衣にたくさんフォローしてもらった。亜衣は、なくてはならない存在だった。  稔はクールな自信家だったけれどイヤミっぽくはなく、どこか抜けてるところもあって憎めないタイプ。真里菜は口数が少なく、のんびりした性格で、なんでも受け入れてくれるようなおおらかな感じ。四人はバランスが取れていて、いつも一緒だった。それも、あとわずか。大学はみんな、それぞれ違うところに進学することになっている。  いつからだろう――亜衣のことを好きになったのは。最近、そんなことばかり考える。  二年生の秋、クラスで二人きりで残っていることがあった。誰もいない教室に二人きり。どうして二人で残っていたのかは忘れたけれど、その情景は今でもはっきり覚えている。下校時間になるまで、たくさん話をした。今のクラスのこと、友だちのこと、中学までのこと、初恋の話。下校のチャイムが鳴り、亜衣はパッとはじかれたように立ち上がった。ちょうど、今は好きな人とかいないのかと尚也が尋ねたときだった。  私、尚也のこと好きよ。いたずらっぽく笑う、亜衣。――なんてね。そして教室を飛び出していく亜衣を、懸命に追った。  後悔している。あのとき、亜衣に思いを告げるチャンスだった。でも――俺が好きだと自覚したのは、あのときの亜衣の一言だった。ドキッとした。嬉しかった。いや、好きになったのはずっと前からだったんだろうけれど、自分の本心に気付いたのはそのときだったんだ。  亜衣の進学する大学は隣の県の県立大学だ。新幹線で一時間、在来線の乗り継ぎだと三時間はかかる。合格発表はネットでも見られるのだけれど、やっぱり現地で見なきゃという亜衣に付き合って、朝から三時間かけて大学までやってきた。これから三時間かけて、また帰らなければならない。新幹線に乗らなかったのは単にお金がないということもあったけれど、それより、少しでも二人の時間を長く共有したかったからだった。  乗った電車の車内はすいていて、二人は並んで腰かけた。「これから一人暮らしになるんだな。不安じゃない?」尚也が尋ねると、亜衣は「まあね」と笑った。 「でも、家事とか苦手じゃないし、意外とできると思うよ?」 「そっか。俺も県外に出て、一人暮らしすればよかったかな」 「そうだよ、だから同じ大学に行こうって言ってたのに」  そうだった。嬉しかった。けれど、ついついそこは意地を張ってしまう。俺は亜衣がいなくても淋しくなんかないんだって格好つけた、つまらない意地。それを張りとおすならもっときっぱりすればいいのに、でも気弱になって、「でも、県立大なんか受かるわけないし」なんて控えめになってしまう自分の性格が嫌いだ。 「尚也はいつもそうやって言うよね」亜衣は笑った。「尚也なら、大丈夫だと思うよ」  それに、一緒に大学行きたかったな。そんなふうに言ってくれることを期待したけれど、その言葉は亜衣の口からは出てこなかった。 「私たち、ずっと一緒だったね」 「そうだなあ。高校一年のときからだもんな」 「長かったね」 「そうかな。あっという間だったけど」 「あー、高校生活がもっと続けばいいのに。もっと、みんなと一緒にいたかったな」  亜衣は言い、大きな欠伸をした。 「疲れた?」 「うん。受かって、安心したから、眠たくなっちゃった――」
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