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《了解》と面倒くさそうな声。久美子は構わず、「ありがとうございます。続報あれば連絡ください」と押し切った。 《了解。ただ、こっちも人手が足りんから、もし緊急出動があれば呼ぶかも知れんし、そのつもり、しといてな。当直じゃないけど、この際、ええやろ?》 「解りました。そうならないように祈ってます」  久美子が受話器を置くと、頃合を見計らっていたかのように、「あの、また探しに行ってもいいですか?」と尚也が立ち上がって尋ねてきた。それはそうだ、ここで待っていても、松原亜衣が見つかるとは思えない。しかし久美子は頷く前に、「今夜は、どうするの?」と尋ねた。 「帰るとしたら、もう明日の始発になるし、泊らなきゃならないでしょ」 「そうですね。でも、カラオケとかネットカフェかファーストフードでなんとかします」 「その前にとりあえず、三人集まってくれないかな。彼女を探すためにも、まず他の友達の話も聞いておきたいから。それに、心配で探しに行きたい気持ちは解るけど、初めて来た場所で、あなたたちまで迷うと大変でしょう」 「解りました――」 「これ、私の名刺。七条北警察の社といいます。裏に、私の携帯電話の番号も書いておくから、三人集まったら、連絡して?」 「解りました」ありがとうございました。尚也は深々と頭を下げた。名刺を受け取って、交番を飛び出していく。警察には任せておいて本当に大丈夫なのか、できることなら自分で何とか探し出したい。そんな強い意志を纏った背中を見送る。 「横山主任、さっきの写真、印刷お願いします。鉄道警察にもファックスしておいてください。それから、近隣の病院と宿泊施設への照会、お願いできますか」  横山は呆れ顔で、「優しいなあ」と、ほとんど厭味のような口調で言い、印刷された松原亜衣の写真を差し出してくる。久美子は厭味だけ受け流して、「ありがとうございます。続報あれば、連絡ください」とデスク上のメモに自分の携帯番号を走り書きして、差し出した。  新卒、社会人一年目の女性、二十二歳。京都に来るのは、おそらく初めて。高校の同級生四人組みでの旅行で、どうして一人だけ行方不明になるのか。しかも、携帯電話がつながらない。たとえ電池切れだったとしても、駅やホテルのロビーなどの場所なら充電は可能だし、コンビニに充電器も売っている。ならば、携帯電話の故障プラス、道に迷って途方にくれているということか。いや、一度京都駅近辺まで来ているのなら、いくら方向音痴だったとしても、ビル郡の中でもひときわ背が高く、その存在をアピールしている京都タワーを目印に戻って来られるはずだ。だとすれば、まず考えられるのは、何か目的があって単独行動をとっているか、あるいは事故か急病、そして事件の可能性だったが、二時間十五分以内にそれらしい事故の一報はない。事件の通報もない。誘拐という最悪の二文字も脳裏に浮かんだが、人口が密集している京都の中心部では可能性は限りなく低いと思えた。  京都に来るのは初めてという二十二歳の女性が、同行者に断りも入れずに単独行動を取る理由とはなんだ? あるいは自殺企図かも、とふと頭に過ぎり、その可能性も充分に視野に入れて早急な対応が必要だろうと考えた。何かあってからでないと警察は動けないのだったが、何かあってからでは遅いというところがジレンマだった。
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