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 さて、意気込んではみるものの、行方不明者をたった一人で探すには限界がある。現場から消えた対象者の捜索には、通常ならまず現場付近の防犯カメラのチェックということになるのだろうが、今のこの状況では、一つ一つチェックをしていくのは時間のロスになる。ならば、写真を持って目星をつけて聞き込みをしていく方が情報の得られる確率は上がるのではないか。たしかに急がば回れで、防犯カメラはある程度の確実性は見込めるものの、しかし今回のような急を要する場合ではゼロか百かにかけたほうがいいような気がしたのだった。では、聞き込みをするならまずは、タクシー乗り場か。見知らぬ土地で、若い女性が一人でどこかへ行くとして、目的地があるとすればタクシーを使用した可能性は高いだろう。  交番を出てすぐのタクシー乗り場で、数十台ある客待ちタクシーの運転手に写真を見せて回る。十人に見せてまったく手ごたえがなかったが、そのうち二人が「これ、貴船神社やな」と言った。パワースポットのブームで、京都の神社仏閣は若者の観光客が増えているらしい。彼らもそんな観光客だったのか。五分で十八人に見せて回ったが、反応はなかった。タクシーは見切りをつけたほうがいいのか。駅構内か、タワービルを捜索してみるべきかと考えながら、十九人目の運転手に写真を見せる。案の定、「知らんなあ」と運転手は首をふった。「ご協力どうも」と会釈して立ち去ろうとする久美子に、「今日は忙しいんやなあ」と運転手が言った。 「さっきも一人、刑事が聞き込みしとったで」  刑事が一人? 人のことは言えないが、刑事の行動原則は二人一組だ。よほどの緊急の事案かと思い、「それ、いつごろですか」と尋ねてみた。 「ついさっきや。十分ぐらい前かなあ、図体のでっかい刑事やったで」  一人で聞き込みをしている、図体の大きな刑事。「そうですか」と久美子は落ち着いた口調で応じたが、内心は穏やかではなかった。その条件に合う刑事は、七条北署に――否、京都府警全体を見回しても一人しかいない。  春日成二巡査部長。身長一八五センチ、体重八十キロという威圧的な巨体の持ち主で、昨日から単独行動をとって自ら行方不明になっている、刑事課強行犯係の同僚だった。多くの刑事が憧れる花形部署、本部捜査一課から左遷同然の扱いで異動してきたこの男は、その当時から単独行動による行方不明の常習犯だった問題児で、府警の《不協和音》と揶揄されていた。周囲と馴染めないのは自分も同じだが、この男の場合は馴染めないのではなく馴染もうとしないのだろう、七条北署に移ってからも、週に二、三度は行方不明になる。とはいえ、一度は捜査一課に引き抜かれていた男らしく、刑事としての能力は至極優秀なのだった。行方不明になっていても、必ず何某かの犯人を検挙して戻ってくる。しかし。 「その刑事、何の事件の捜査か、言ってました?」  いやな予感がして久美子が尋ねると、運転手はちょっと考え、 「いや、男を捜してるみたいやったけど。背の高い、シュッとした顔の――」 「そうですか。ご協力どうも」  春日成二は、何を追っているのか。背の高い、シュッとした顔の男? 今、強行犯係が抱えている事案の中に、とっさに関連が浮かぶ事案はない。だとしたら、春日が単独で勝手に調べまわっているヤマということだ。
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