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 久美子はふっと息を吐き出して気持ちを入れ替える。今は、問題児のことを考えている場合ではないのだ。集中、集中。タクシーを諦めて、今度はタクシー乗り場から三百メートルほどのところにある京都タワーに向かった。せめて彼女が、いつどのようにしてタワービルから出て行ったのか、あるいはまだビル内にいるのかどうかということくらいなら、一人で防犯カメラの映像をチェックできるのではないかと思い至ったのだった。久美子はつい、こういう捜査の肝心要の部分が抜け落ちることがあるのだったが、その点、春日成二は抜かりなくポイントを押さえているからこその検挙率なのだ。これで問題行動すらなければ、左遷されることなどなかっただろうに。  京都タワービルは、同じ並びに京都府警七条北警察署があるのだったが、しかしいくら職場に近くともめったに立ち寄らない場所だった。閉店時刻の午後十一時が近づく中、これから夜行バスに乗るらしい観光客が最後の買い物をしている店内を通り抜け、警備室へ向かう。警察手帳を示して警備員に午後九時から十時までの間の、一階及び地下出入り口の映像をチェックさせてほしいと頼むと、パソコンを捜査してすぐに画面に映し出してくれた。久美子が警察官になった十年前はまだ、防犯カメラの映像チェックといえばビデオテープだった時代だから、それを思えば捜査員にとって便利な時代になったものだ。まずは地上東側出入口、次に南側出入り口を早回しで見ながら、マキシ丈ワンピースの女性が映るたびに一時停止をしてチェックをしていく。その最中、携帯電話が鳴った。 「はい」 《すみません、牧野です。社さんですか?》 「そうよ、社です。みんな集まった?」 《はい。遅くなってすみません、やっぱり心配で、ちょっと探してみたんですけど》 「見つかった?」  久美子は画面に目を凝らしながら尋ね、手元では一時停止ボタンを押していた。 《いえ、見つかりませんでした》 「今、どこにいるの?」 《京都タワーの前です》  久美子はそこで待っているように言って電話を切る。画面に再度、目を凝らす。一時停止されたその静止画の中に映っているのは、おそらく松原亜衣だった。少し巻き戻してから再生すると、後ろを気にするような素振りをしながら、地下出入り口から足早にタワービルを出て行った。時間は九時三分だから、尚也の言うように、トイレに行くと言って別れた時間のすぐあとだったことになる。カメラの位置関係から、どちら方面に歩いて行ったかは不明。ここから先、地下街や駅の防犯カメラ映像を調べるにはどうしても人海戦術が必至であり、映像から追うという方法は一人ではここまでが限界だった。しかし少なくとも、亜衣は何らかの意思を持って自ら行動していたことは間違いなさそうだった。  友だちを置いて別行動をとり、失踪した松原亜衣。なぜだ。久美子は警備室を辞し、足早に歩きながら考える。男二人に女二人のグループ。ありえる話としては、たとえば亜衣をひとつの頂点とした三角関係のもつれ。しかし、そんな内輪の揉めごとだとしたら、警察に届けるようなことをするだろうか。否、逆に失踪の理由に心当たりがあるからこそ、自殺企図などの危険性を感じて早急に警察に届け出てきたのか。  タワービルの前に牧野尚也を中心にして集まっている三人を見とめながら、久美子は考える。尚也は、亜衣は明日から仕事だと言っていた。あるいは、その仕事に対する不満感や拒否感から、仕事前に姿を消したのか。四月に入社し三、四ヶ月経って仕事に慣れてくると、仕事に行きたくなくなることはよくある。
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