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「お疲れさん」地域課長が新聞から顔を上げていた。久美子は「お疲れ様です」と返し、三人に待合用の長椅子を勧めてから、カウンターの内側に入っていった。 「あの子らは?」 「先ほどの、行方不明の女性の同行者です。静岡から日帰りで京都に来て、最終の新幹線で帰るはずが、待ち合わせの場所にいつまで経っても来なかったので、申告してきたそうです」 「最終の新幹線って、もうだいぶ前に出たな?」 「はい。なので、署で一晩、保護扱いにしようかと思うんですけど――」 「けど、未成年じゃないやろ?」 「そうですけど。失踪について事情聴取もしたいですし、事件関係者として保護扱いにすること、できませんか?」 「まあ――」と地域課長は言葉を濁す。警察署はホテルではない。最終電車を逃した人間を保護し、一泊させていたら、人で溢れかえってしまう。ただし事件関係者についてはその限りでなく、保護扱いにし、一晩泊めおくこともある。その扱いにして処理することは簡単だったが、しかしまだ事件であると確定されていない事案について処理するのは、果たして道理にかなっているのだろうか、という地域課長の表情だった。否、道理には適っていたとしても、警察のルールには適っていなければ不可能だ。  もう少し食い下がるつもりで口を開いた、そのときだった。《至急至急――京都本部より七条北》スピーカーの音声に、とっさに二人ともが通信室に目と耳を向けた。 《交通人身事故入電中。受理番号八○二。現場は西洞院花屋町の交差点南側。男性が血を流して路上に倒れているとの内容。轢き逃げ事案と思慮される。関係各局の臨場願います》  地域課長が立ち上がり、通信室に駆け出していく。それとほぼ同時にホールに駆け込んできたのは、交通課交通捜査係の赤坂美穂だった。地域課長はちらりとこちらを見やり、それから無線機を取り上げて本部に返信する。 「七条北通信、了解。こちらから赤坂巡査部長、社巡査長が臨場します。本部、どうぞ」 《京都本部、了解。なお、被害者は男性一名、出血が酷く、意識がない状態との続報、救急出動要請中。現在、広域三○五が急行中》 「七条北通信、了解。こちらの担当車両は七条北八号。どうぞ」  自分の名前が告げられたことに一瞬間をおいて気づき、眉をしかめた。普段なら交通事故の対応は担当外だが、しかし当直だとその限りではない。少ない人員で回すため、担当外の事案を受け持つこともある。しかし自分は今日、当直ではないし、それにまだ松原亜衣の捜索があるのだ。  そんなことを考えている傍らで、地域課長が投げた七条北八号のパトカーのキーを受け取った美穂は、速やかにきびすを返していた。考えている暇はなさそうだ。久美子はくるりと振り向いて、不安そうな三人に出動すること、またすぐに戻ってくることを伝え、解らないことは地域課長に尋ねるように告げて、美穂の背中を追った。地域課長が不満げに何か言おうとしていたのが解ったが、構っている暇はないと無視して済ませた。  赤坂美穂は同期だが短大卒であり、大卒の久美子より二つ年下なのだが、しかし階級は一つ上の巡査部長。今年、三十になる美穂は、身長は久美子と同じく一六〇センチに満たず、ふっくらした体型もあいまって若いと言うよりは幼く見え、学生に間違えられることもしばしばだった。久美子も三十二歳よりは若く見られることが多いが、それでも学生に間違えられたりはしない。スーツでいるとき、就職活動中のフリーターだのと厭味を言われることはあっても。  裏の駐車場に出て交通課のパトカーの助手席に乗り込む。運転席の美穂はエンジンをかけ、シートベルトをしてから今さらのように「あれ?」と首をかしげた。
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