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《解った。今、現場にいるのは?》 「私と、交通捜査の赤坂主任と、機動警らのパト一台です。本部と七北の鑑識には連絡してもらっています」 《よし。とりあえず、わしもすぐ向かう。それから、強行犯係に招集かけろ》 「了解しました」 《それよりお前、当直じゃないやろ?》  久美子は聞こえていないふりをして、電話を切った。続いて、直属の上司である強行犯係の細川係長に一報を入れる。その間に、応援要請を受けた付近のパトカーと、機動捜査隊の覆面パトカーが次々、到着してきていた。機動捜査隊は機動警ら隊と同様に、街頭犯罪の防犯パトロールと事件の初動捜査を担当する部隊だが、こちらは本部刑事部に属する私服捜査員であり、特に殺人・強盗・傷害などの強行事案について扱う。  ふと見ると、担架は救急車に収容されたようだったが、その救急車はまだ出発せずにいた。受け入れ先の病院がまだ決まらないのか。 「ご苦労さん」と機捜隊の捜査員が、美穂に声をかけていた。「機捜の倉田や。七北の担当は?」  美穂が久美子を指さす。久美子は「お疲れ様です。よろしくお願いします」と会釈をした。倉田とは、以前に別の現場で何度か一緒になったことがある。ザ・機捜隊と形容するのが似合う、強面のベテラン捜査員だ。 「状況は?」 「被害者は男性、最初、通報は轢き逃げ容疑だったんですが、臨場した広域三○五がマル害を見たところ、外傷が切り傷のようだということで、強行容疑事案に切り替えました」 「で、第一発見者は?」  そういえば、自分が着いたとき、現場にいたのはパトカーと救急車だけだった。久美子は先ほどの若い隊員を呼び、「第一発見者は?」と尋ねた。 「いえ、僕らが着いたときは、周りに誰もいませんでしたが」 「じゃあ、通報者は?」 「それは、指令センターに確認してください」不満げに隊員は言う。倉田は怒りを押し殺すような低い声で、「要は、未確認ってことやな?」と呟いた。 「お前、デカやろ。現場に来たらまず、第一発見者から話を聞く。捜査の常識やろうが」  自分は当直ではないとか、担当外の事件だと思っていたなどという言いわけは通用しない。刑事の現場に言いわけは不要、そもそもご法度。久美子は「すみません」と頭を下げる。 「じゃあ、機捜は近くの防犯カメラのチェックに回るから、現場、よろしく」  倉田がきびすを返す。久美子はそれを見送らず、ぐるりと周囲を見渡した。付近は住宅、小企業の事務所、高層マンション、地元の開業医等々が立ち並ぶ閑静な地域だ。この時間の人通りや車の通行量は少ない。倉田は付近の防犯カメラのチェックと言ったが、しばらく行った先にコンビニがある以外、今すぐ確認できそうなカメラはあるだろうか。事務所やマンションの防犯カメラのチェックについては明日の朝、担当者が出社する時間に改めて訪ねて回ることになりそうだった。  そのときだった。「ちょっと、何するんですか!」と甲高い悲鳴のような声が聞こえ、久美子がとっさに振り返ったその視線の先で、救急隊員がたじろいでいた。
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