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「大丈夫かな」 「大丈夫だよ、きっと」 「でも俺ら、こんなところで待つだけでいいのかな」 「大丈夫だって。マックもネットカフェもあるし、亜衣だってそこで泊ってるって」 「でも携帯電話、つながらないじゃない? あたし、亜衣に何かあったんじゃないかって思うと――」 「大丈夫だって、真里菜」 「ごめんな、二人とも。俺のせいで――」 「尚也のせいじゃないよ」  久美子がドアをノックすると、漏れ聞こえていた会話はぴたりと止まった。「ごめんなさいね、遅くなって」久美子は中に入り、右手に持っていた缶入りのウーロン茶を三本、それぞれに差し出す。 「どうぞ?」 「ありがとうございます」三人はそれぞれ、緩慢な動作でよく冷えたペットボトルを受け取った。  久美子が署に戻ったのは、出動からおよそ一時間後の午前零時ごろだった。あのあと久美子は畑違いの赤坂美穂とともに現場を追い出され、署に戻ってきたのだった。覚せい剤発見の一報を受けて、七条北署からは街頭薬物犯罪対策本部の捜査主任である稲生警部補が担当捜査員を三人従えて飛んで来る、七北の刑事課からは呼び出された強行犯係のメンバーの他、暴力団がらみの可能性も踏まえて刑事課暴力犯係の松井主任も臨場し、さらには市内巡回中の機捜隊員も続々集まってきて、現場は大混乱となった。その大混乱の原因を作ったのは春日成二だったのだが、当の本人は行方不明につき、連帯責任で久美子が現場から追い出されることとなったのだった。猫の手も借りたいはずの初動捜査から、ほとんど最初に臨場した捜査員が排除されるという処遇は異例で、よほど春日の身勝手が薬対本部には面白くなかったらしい。完全に巻き込まれた形の久美子も美穂も、とんだ迷惑だった。とはいえ、そもそも大きな事件に率先して当たりたいわけではない自分を省みて、また、これで松原亜衣の捜索に戻れると思えば、今日の場合はそれでもよかったのか。無意識にものごとをポジティブに捉えようとしているのか、それともただの諦めなのかは、自分でもよく解らなかったのだが、それを反芻して自己確知をしているような時間はなかった。  閑散とした七条北署に戻ると、地域課長の計らいで、三人は二階中央の小会議室にいた。久美子は一階にある自動販売機でウーロン茶を三本買ってから二階へ上がり、部屋の前まで来たとき、三人の会話がもれ聞こえてきたのだった。  不安がる稔と真里菜をなだめようと、冷静な言葉を返していた尚也は、しかし、最後には《俺のせい》と言っていた。それはどういうことだ? いなくなる心当たりなんかないと言っていたはずだが――久美子は表情には出さないように務めながら、疑念を尚也に向ける。尚也は「いただきます」と律儀に頭を下げ、プルタブを開けた。 「あの」真里菜は冷たいアルミ缶をぎゅっと握り締めて、久美子をしっかりと見据える。 「亜衣、見つかりましたか?」 「ごめんね、まだなの。今、パトロールの警察官が写真を持って回ってくれているわ。見つかり次第、私に連絡が来ることになってるから。遅くなったから、寝ていてくれても大丈夫よ?」 「寝てられませんよ」と言ったのは稔だ。ぶっきらぼうな強い口調。警察なんか信用しない、そんな意志を持った口調だった。その稔の腕に、真里菜が絡みつく。不安を押し殺すように。  久美子は尚也に向き直った。
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