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「ねえ、亜衣さんがいなくなった理由に心当たり、ある?」  尚也が顔を伏す。同時に、稔と真里菜も息を呑んだのが解った。疲労があると、人間は感情や想いを隠せなくなるが、その典型だった。「あるのね?」久美子がさらに追い討ちをかけると、尚也はぼそぼそと「俺のせいかも――」と言った。 「どういうこと?」 「俺が、一緒にいなかったから」 「彼女がしんどそうにしていたのに、傍についててあげなかったっていうこと?」 「そうじゃなくて」尚也が言い、それを受け継ぐように真里菜が口を開く。 「だったら、あたしにだって責任あるよ。尚也が悪いんじゃないよ」 「ねえ。みんなは今日、彼女が体調を崩しているのを知っていたの?」  罪悪感が芽生えているところに追い討ちをかけることになるかもしれないが、しかし聞いておかなければならなかった。「知ってました」と消えそうな声で真里菜が答え、それに追従するように男二人が頷く。 「でも、大丈夫だって言ってたから」真里菜が、二人をかばうように慌てて言った。「本当は女の子同士だし、あたしが一緒にいなきゃいけなかったんだけど」 「真里菜のせいじゃないよ」稔が言う。カノジョを庇う優しい恋人。一瞬はそう見えたものの、しかし友人である尚也のことは庇おうとしないのはどうしてだ。 「体調が悪いって言うのは、具体的にはどういうふうに?」 「解りません。ちょっとしんどいって――」 「たとえば、頭が痛いとか、お腹が痛いとか」 「言ってなかったです」  久美子はさらに、女子同士だからこそ解るアイコンタクトを真里菜に投げかけ、それを正確に受け取ったらしい真里菜は首を横に振った。ティーンエイジャーならともかく、社会人の女性が生理だから姿を消すと言うのも変な話か。否、それは偏見か。どうしてもそれを見せたくなかった――たとえば、好きな人が近くにいた、とか。いや、これも偏見か。  久美子は考えながらも、視界の隅には尚也の表情を伺う。血の気の引いた無表情。目が泳ぎ、動揺を隠せていない。何か知っている。そう直感した。それを聞き出すべきか。そうすることは容易いが、しかし果たして、それをここでき引き出していいものか。そもそも、初対面の刑事が聞いたところで、一体何ができる? 刑事という職業は、そんな葛藤の繰り返しだ。同じ人間でありながら、警察手帳を持つだけで一般市民から頼られ、あるいは恐れられる。しかしこちらは、お互いが同じ人間であるということを解っているのだった。警察官という立場の人間として、一体私は、他の人間に何ができるのか。何をしたいのか――。人間としての思考はぐるぐると回転を始めていたが、刑事の習性が染み付いている口と耳は、情報を集めるべく機能し、彼らに話しかけていた。 「どうして、京都に来たの?」 「どうしてって――就活で忙しかったから、しばらく会えてなかったし、久しぶりにみんなで旅行したいなってことになって。で、日程合わせて。京都だった理由ですか? みんなが行ったことのないところで、それに日本人なら京都に一度くらい入っておくべきなのかなあ、と思って。それからあと、パワースポットも多いし」 「どんなところを回ったの?」 「えっと、昨日は貴船神社と、清水寺と、地主神社。今日は八坂神社と知恩院と、新京極で買い物して、それから京都駅に戻ってきて、食事をしてから最後に京都タワーに上ったんです」 「なるほどね」京都市内の北から東方面を回ってきたわけだ。 「神社やお寺に興味があるの?」 「パワースポットなので」  貴船神社、地主神社、八坂神社の共通点と言えば、縁結び、恋愛成就。そういう類のパワースポットとして、何かの番組で特集されていたことを思い出す。となると、いよいよ、尚也と亜衣の関係が気になってきた。
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