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「本当ですか。どこですか?」
《七条千本PBに申告があったと。詳しく話を聞けてないから、直接、連絡とってくれるか?》
「解りました。ありがとうございます」
久美子は電話を切り、そのまま刑事部屋から逃げ出すように早足で歩き出した。その背中を、「おい、どこ行くんや!」と久保田の怒声が追いかけてきたのだったが、久美子は立ち止まる人手間を惜しみ、頭だけわずかに振り返って「別件です」と応じる。
「さっきの行方不明の件か? 地域課長から聞いたが、あれはウチの扱う仕事じゃないやろう!」
「私、今日は当直じゃないので」
もう一言、何か言われる前に久美子は刑事部屋を飛び出していた。そんな自分を客観的に見つめていたもう一人の自分が、もう少し賢く生きられないのか、と問う。尖った言葉を放てば、尖った評価が返ってくるのは当たり前のことだというのに、どうして自分から、周囲の評価を下げるようなことをしてしまうのか。そもそも、《春日を探してきます》くらいの一言で誤魔化しておけばいいものを。性分だな、と久美子は思わず自嘲的に口元を歪めた。周囲の評価より何より、自分自身の生き方を貫こうとする性分なのだと。そしてそれはたぶん、春日成二も同じなのだ。もちろん、その質と量はまったく違うものではあるが。とにかく。
見つかったわよ。そう知らせるつもりで目指していた小会議室のドアが、唐突に開いた。久美子がとっさに立ち止ると、まず先に部屋から飛び出してきたのは尚也で、あとから追ってきた稔が彼の肩を掴んで引き止めた。
「ちょっと待てよ!」
「うるさいな、お前には関係ないだろ!」
その手を振り払った尚也は、振り向きざまに腕を振って拳を突き出した。それをまともに顔面で受けた稔は、三メートルほど後ろに飛んで、床に叩きつけられた。
「何しとるんや、お前ら!」
怒声を聞いて飛び出してきたらしい、松井と高橋が駆けてくる。久美子は、さらに追い討ちをかけようとする尚也の正面に回りこんだ。「何があったの?」と鋭く尋ね、振り上げようとする腕を掴む。
「関係ないです」言った尚也を、追いついてきた松井が後ろから羽交い絞めにする。「何すんだよ!」と立ち上がった稔のほうは、高橋に押さえられた。
「ここ、警察署やぞ、お前ら!」
松井のドスの利いた重低音の声は、さすがマル暴の刑事だ。二人の男子の顔から一気に血の気が引いた。開いたドアから部屋の中を見ると、真里菜が真っ青な表情で立ち尽くしている。久美子は小会議室のドアを閉めて彼女の前に立ち、二人に聞こえないように「何があったの?」と尋ねた。
「別に――」
「別に、では済まないでしょう。殴り合いまでして」
久美子の言葉に、真里菜が目を逸らした。久美子はその視線の先に回りこんで、「亜衣さんのこと?」と尋ねてみる。
「お前なあ、ふざけんなよ!」「だから関係ないだろ!」部屋の外から、再び男子二人の言い合いが聞こえ、「アホか、お前ら!」と松井の怒声があって、また静かになった。小会議室のドアが開いて、美穂が入ってきた。
「二人、連れて行かれたわよ」
「ありがとう」振り向いて言った久美子に、慌てたように「逮捕されたんですか」と真里菜が尋ねた。
「逮捕はしてない。でも、あんな状態で、一緒にいさせるわけにはいかないでしょう」
「二人は悪くないんです。悪いのは、あたし!」
真里菜は言うなり、会議用の長机に顔を突っ伏して泣き出した。そのまま真里菜は、何を聞いても答えずに貝になった。
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