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 刑事か。久美子は横山が「まだ帰らんのなら」と出してくれた冷たい麦茶をすすりながら、ぼうっと考える。刑事捜査員になるつもりなんかなかった。去年まで、所轄署の生活安全課少年係に所属し、未成年の関係する犯罪を専門に扱っていた。そもそも警察官と言う職業を志したのは、犯罪に巻き込まれ、未来を失いかけている若者たちの少しでも力になりたいという、そんな理想を抱いてのことだった。それが今年、突然に刑事捜査員として引き抜かれて刑事課に配属された。それもいきなり、強盗、傷害、放火、殺人など凶悪犯罪を扱う強行犯係だ。  それは刑事捜査員として久美子の能力が高く評価されたわけではなく、警察組織内での男女雇用均等化の推進というわけでもなかった。被害者と加害者双方の人権、プライバシーに関する扱いが厳しくなり、また警察組織内においても男女性差に伴う不祥事が相次いでいる昨今、女性警察官の必要性が再認識されている。ゆえに、絶対数の少ない女性警察官は現在、どの部署からも引く手数多なのだった。また京都府は昨年、未成年者による犯罪発生件数の全国ワーストを記録し、京都府警は早急な対策強化を掲げていた。久美子にはその少年犯罪捜査の経験がある。今刑事捜査員として必要とされている二つの条件を満たしていた警察官の一人が久美子だった、というだけだった。  しかし刑事課に移った今も、自分は少年犯罪担当の捜査員だというプライドは捨てたくはなかったのだった。だからこそ、たとえ本来の職務とは外れていても、勤務時間外であっても、たとえそれが今日のように警察を便利屋か何かと勘違いしているような子が相手でも、本当はもう帰る段取りをしていたところに入った一報について、勤務時間外だというのに自ら手を上げてやってきたのだった。 「あの」と声をかけられて、久美子は振り向いた。二十代前半らしい、若い男が交番の中に首を突っ込んでいた。「どうされました?」と横山がパソコン画面から顔を上げて尋ねる。 「友だちがいなくなって」と男は応えた。 「九時四十五分の、最終の新幹線に乗るはずだったんですけど、来なくて。ケータイもつながらないし、乗るはずだった最終の新幹線も行ってしまうし――」  新幹線のホームということは、鉄道警察隊の管轄だ。そもそも成人の迷子なんか、と今にも門前払いをしそうな横山を遮るように、久美子は尋ねた。 「その新幹線には、間違いなく乗ってなかった?」  事故、急病、失踪、あるいは事件。あらゆるケースが考えられる時点で、ただの迷子だと門前払いをしてしまうなら、警察なんか要らない。 「乗ってないと思います。俺と、あと二人の友だちで見てたんだけど、いなかったので」 「と言うことは、四人グループ中の一人が、いなくなったってことね?」  座ってと、久美子が椅子を勧める。背後から横山が何か言おうとしたが、「私、やりますから」と制して、先ほどの椅子にまた腰を下ろす。 「いなくなった友だちの名前、性別、年齢、背格好を教えてくれる?」 「名前はマツバラアイ。松の木に原っぱ、亜細亜の亜に着衣の衣。女性です。年齢は二十二歳、背は一六〇センチくらい、髪は確か、今日はひとつに括っていたと思います。服装は、紺色に、薄い黄色の花柄のマキシ丈ワンピースでした」  先ほどの舌足らずなカップルとは、ずいぶんと印象が異なる青年だ。はきはきとした物言い、《亜細亜の亜》というような小難しい表現。 「彼女とは別行動だったの?」
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