(1)

5/15
前へ
/42ページ
次へ
「京都タワーから下りてきて、トイレに行くって言ったきり戻って来なくて、おかしいと思ってみんなで手分けして探したんですけどいなくて、さすがに新幹線のホームには来るだろうと思って、そっちに行ってみたんですけど、やっぱり来なくて――」 「トイレに行くって言って、いなくなったのは何時ごろ?」 「たぶん、九時過ぎだったと思います」  ということは、いなくなってから一時間程度か。何らかの理由で迷って戻れなくなったままどこかで待っている、あるいは友人を探して入れ違いになっている可能性、急病で動けなくなったまま連絡が取れない可能性、あるいは何某かの事件に巻き込まれた可能性、そのどの可能性も一時間程度なら判断がつきかねる。否、もしくは自ら姿を消したという可能性もあるか。 「彼女、体調は大丈夫? 病気があるとか」 「今朝、ちょっとしんどいって言ってましたけど。でも、大丈夫だって。昼間は元気そうだったし」  久美子のそばでメモを取っていた横山がすっと顔を上げ、「マキシタケってなんや」と尋ねる。「裾の長いワンピースですよ」と久美子が答えると、なるほどと頷いてから、デスクの上の受話器を取りあげた。 「駅前PBです。行方不明の申告を受けてるんですが、そっちで取り扱いありませんか。対象者は二十二歳女性、服装は紺色、花柄の裾の長いワンピース――」  鉄道警察隊への問い合わせの間に、久美子はさらに情報を集める。どんな事案でも、それがたとえ犯罪でなくても、情報は新鮮なうちに収集しておくのが捜査の鉄則だ。 「とりあえず、これにあなたたち残りの三人の名前と生年月日を書いてくれるかな。それから、あなたの連絡先も」  久美子が差し出した白紙の用紙に、青年は薄い筆圧で名前を書いていく。『牧野尚也』『星野稔』『三浦真里菜』文字の並びはバランスが取れているが、しかし各文字は走り書きで乱れており、彼の心の内を表しているようだった。 「僕が、牧野尚也です」と彼は言った。 「全員、同い年?」 「そうです」 「学生じゃないわよね?」 「みんな、社会人一年目です。全員、職場は違いますけど」 「観光旅行よね? いつから?」 「昨日です。今日の最終の新幹線で帰るつもりでした。みんな、明日から仕事なのでーーあ、みんな静岡から来たんですけど」 「あなた、仕事は何をしてるの?」 「IT関係の営業です」 「最終の新幹線を逃して、明日の仕事は大丈夫?」 「明日の朝、始発で帰れば何とか間に合うと思うんですけど」  それを若さゆえの無謀と言うか、社会人としての自覚の無さと言うか。それはさておき、「失礼なことを聞いて悪いんだけど」と久美子は前置きして、尚也の顔を覗き込む。 「松原亜衣さんとあなたは、恋人?」
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

40人が本棚に入れています
本棚に追加