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「いえ、違います」と言った尚也の目が泳いだ。これは尚也の片想いか、と勝手に想像してみるが、目の前の警察官がそんなことを考えているとは思いも寄らないらしい本人は、落ち着いた調子で続けて言った。 「全員同じ高校の同級生です。大学と就職先は全員違うんですけど」 「なるほどね。亜衣さんは、京都に知り合いや親戚はいない?」 「ないと思います。みんな、初めての京都だったと思います」 「いなくなる前、彼女、何か変わったことはなかった? 緊急の電話やメールがあったとか」 「なかったと思います」解りませんけど、と尚也は小さく付け足した。 「彼女、お金は持ってる?」 「現金はたぶん二、三万くらいだと――でも、クレジットカードも持ってると思います」 「解ったわ。とりあえず、もう一度、彼女に電話をかけてみてくれる?」  久美子は言って立ち上がり、横山のもとへと歩み寄る。受話器を置いた横山は、首を横に振って、「鉄警は扱ってないらしい」と言った。 「タワービルなら、七北で保護している可能性もありですよね」 「そうやな」再び横山は受話器を取り上げ、今度は七条北警察への直通番号をプッシュする。しかし、携帯電話がつながらない現状で、警察に保護されているというのは考えづらい状況だった。 「どう、つながった?」 振り返って尋ねた久美子に、尚也は首を横に振った。 「電源が切れてるって。電池切れかも」 「そう。ほかの二人は、まだ駅の中にいるの?」 「いえ、稔だけ、新幹線乗り場の辺りに残ってます。真里菜は、タワービルのみやげもの屋とか駅の中の女子トイレを見に行ってくれてます。倒れてるかもしれないし」  久美子は頷く。背後から飛んできた横山の「扱いなし」という言葉を受け、思わず腕を組んで顔をしかめそうになったが、それを自制心で押さえ込む。警察官が不安な素振りを見せれば、関係者はその三倍の不安を覚えると思え。警察官になったばかりのころ、教育担当だった先輩の教えだ。 「亜衣さんは一人暮らし?」 「そうです」 「実家は静岡?」 「はい」 「実家の電話番号、解る?」 「いえ、いつもケータイで連絡してたので――」 「じゃあ、本人の写真、ある?」 「これでいいですか」と尚也が差し出したスマートフォンを受け取った。画面にあったのは、鳥居の前で、こちらを振り返っている松原亜衣の全身像。顔が小さく、顎のラインのすっとした、可愛いと言うよりは美人の部類に入りそうな女性がそこにいた。ちょっと痩せ型で、柔らかく下がった肩のライン。服装はさっき尚也が言った、濃紺に薄黄色の花柄マキシ丈ワンピースに、白いスニーカー。ベージュのリュック。落ち着いた、大人っぽい雰囲気だった。 「これ、署に転送して、パトロールの警察官に見せてもらうね」  久美子は尚也のスマートフォンを操作し、七条北署の共有アドレスと、駅前交番のパソコンに送信する。七条北署の当直宛には写真を夜勤の各警察官に転送してもらうようメールに書き添えておく。これを地域課のパトロール担当も見るのだろうが、しかし捜索対象は当然、松原亜衣だけではない。失踪人の届出は毎日のようにあるし、指名手配犯や街頭犯罪にも注意を払わなければならない。そもそも、松原亜衣に関しては捜索願すら出されていない。そんな状態では、パトロールの警察官にとっては、いくつもある手配写真の中のただの一枚になってしまうだろうし、実際には当直主任が必要性なしの判断で転送しないことも考えられた。それに、七条北警察署の管区は当然、京都駅周辺のみではない。また、彼女が七北の管区内にいるとは限らない。すなわち、大きな期待はできないということだった。
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