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 久美子は牧野尚也に椅子をすすめ、自分は交番の電話を使って七条北署にかける。 《はい。七条北通信》 「お疲れ様です、社です」 《ああ、お疲れさん。さっきの応援の件、済んだか?》  今夜の当直主任である地域課長が、のんびりとした口調で言った。 「終了しました。報告書は駅前交番から上がります。で、つい先ほど駅前PBから問い合わせのあった行方不明の事案なんですけど」 《ああ、女の子の行方不明? あれ、受理してるんか?》 「いえ、正式にはまだです。この件、このまま私が扱おうかと思ってるんですが、いいですか?」 《でも、事件かどうかは解らんのやろ?》 「現時点では不明ですが、あるいは、ということを考えるべきだと思います」 《まあ、そうかも知れんけど、事件性の有無が不明な事案に人員を割けんからなあ》 「ですから、私が扱いますよ」 《せやけど、当直じゃないやろ?》 「そうですけど。でも、どちらにしてもまだ、正式な捜索願は出せませんから。初動捜索で見つかれば、それで問題ないですし。それに」久美子は声のボリュームを落とす。「もし事件になった場合、ウチが初動対応していなかったとなったら問題でしょう」  保身第一、無難な公務員といった風情の地域課長を思い浮かべながら、もっともらしいことを言ってみる。案の定、地域課長はあっさり、《そうやな》と同意した。 《じゃあ、頼むわ。刑事課長には明日、わしから言うとくから》 「よろしくお願いします。それと、先ほど署の方に、本人の写真を転送したので、確認お願いします」 《暇でええな、独身は》へっへっへと、恐妻家の地域課長は笑った。独身だろうが既婚だろうが、警察官にあることには変わりないだろう。少々ムッとしながら「そうですか」と返し、平静を装って続ける。 「もし、応援が必要なときには、何人か出せますか?」 《難しいな。当直は出計らってる連中が多いし、残ってるのは交通捜査の赤坂か、刑事課の松井主任か》  各課に二、三人ずついるはずの当直要員のうち、二人しか残っていないとなると、よほど出動件数が多いか、それとも当直主任である地域課長の采配が下手なのか。当直主任は通報や出動指令に応じて、それぞれ担当人員を割り振る役割を担っているのだが、気弱そうな地域課長の顔を思い浮かべると、どうやら後者のような気がする。  交通捜査の赤坂美穂は同期であり、ほかの同僚に比べて心安い関係だったが、しかし、夜勤で最も出動件数の多い交通担当の当直に応援を頼むのは気が引けた。もう一人、松井弘正は刑事課組織犯罪対策係の主任。暴力団がらみの事件捜査を専門とするベテラン刑事に、下っ端の自分が応援要請するのも気が引ける。とりあえず事件性が確認できるまでは、一人でやるしかなさそうだ。 「解りました。とりあえず、先ほどの対象者の人着情報、外回りに至急、無線で流していただけますか」
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