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巫女服を纏ったスノーティアが広場の中心に立っている。
見慣れない姿をした娘に皆が興味深い眼差しを向けるなか、ライムンドは集まった島民に声をかけた。
「ムースンの巫女が御業を見せてくださるそうだ。皆、期待しとけ」
その声を合図に、スノーティアが動いた。
手のひらでなにかを抱え持ち、天へ捧げる仕草をしたのち、両手を泳がせるように左右へ広げる。伸びた指先がゆるやかに空を掻き、ある一点でピタリと停止すると、シャンと涼やかな音がした。両腕に嵌めた鈴が澄んだ音を響かせ、スノーティアは次に足を踏み出す。
たっぷりとした布を使った真っ白なスカートが揺れると、布地に施した鮮やかな色の刺繍が顔を覗かせる。回転に伴い、赤や橙の糸が軌跡となって目に映った。
シャン!
鈴の音が鳴り、ピンと伸びた指先が天に向かう。
くるりと舞えば鮮やかな色が散り、美しい銀の髪が遅れてなびく。
島民が知る「舞」とは違う、静かで厳かな演舞に魅入られるうちに、彼らは目の前に白いものを見た。銀の髪でも純白の衣装でもないそれは、花びらのように降って来る。
手に受け止めた誰かが「冷たい」と呟き、やがてざわめきは伝播する。
なんだこれ、と顔を見合わせる島民たちに、長の息子は朗々とした声で宣言した。
「雪だ」
誰もがポカンとした顔をする。
しんと静まり、ただスノーティアが鳴らす鈴だけが響き渡る。
「ゆきー?」
「ああ、雪だ。本で見たことあるだろ」
あどけない子どもの疑問にライムンドが笑う。
まだ遠くまで旅をしたことがない子どもたちは瞳を輝かせ、「ゆき!」と叫んで手を天へ伸ばした。
どよめきが歓声へ変わるなか、スノーティアは無心に舞う。
応じて雪が降る。
静かに、ゆっくり降りてきて、広場一帯だけに雪が降り積もっていく。
南の島に雪を降らせることができる。それは俺たちにとって、なによりの奇跡だよ。
落ち込むスノーティアに告げたとき、半信半疑といった顔つきだった。いままで落胆され続けてきたせいか、彼女には自信が欠けているように思えた。
だから実践させたのだが、興奮し始めた島民とは別の意味で、ライムンドは胸を騒がせる。
(たしかにハッタリは必要かもな……)
粉雪の中で舞うスノーティアは美しく、さながら妖精のようだ。
柄にもないことを考えて渋面をつくるライムンドがもう一度視線を送ると、ちょうど顔をこちらに向けたスノーティアと目が合った。無に徹していた彼女は、そこで思わずといったようにふわりと微笑む。
急に周囲の温度が変わった気がした。頬に落ちる雪が心地良い。
はしゃぐ子どもたちがスノーティアを取り囲んで一緒に踊り出すと、皆が手拍子を送る。
それに合わせて鈴を響かせ、降り積もる雪に足跡をつけながら、巫女は雪を呼び続ける。
南の島に、雪が降る。
舞を終えた美しい巫女には惜しみない拍手が送られて、戸惑いを浮かべる彼女の前に歩み寄った男は、改めて手を差し伸べた。
「ようこそ、パルガン島へ。歓迎するよ、スノーティア」
降り注ぐ日射しの下、雪の巫女姫は男の手を握り返し、笑みを浮かべた。
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