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「貴方がパルガン領主のライムンドさま。わたしの夫に選ばれてしまった気の毒な方ですね」
「気の毒とはどういう意味だ」
「さっき不本意っておっしゃったでしょう? だからわたし、安心したんです。期待されていないことがわかって」
「期待?」
「ムースンの奇跡をご覧になったことは?」
「ガキのころ、一度」
話の主導権は完全に相手に移っているが、ライムンドは答えるしかない。
「イーリス港が増築され新しい船も造られて、式典が行われた。そのとき、ムースンの巫女姫が呼ばれていた」
巫女は港に作られた舞台の上に立ち、歌をうたった。
歌声は風を呼び、その風に乗って集まった人びとの耳に届く。港には入り切れず、遠くから見守っている群衆たちの耳にすら歌声は届いたという。
風は海を渡り、沖に停泊させていた小舟に届き、帆が風をはらんで動きはじめる。
自在に風を操り、複数の舟がそれを受けて進むさまは魔法のようだったことを覚えている。
「もう一人の巫女は小雨を降らせて、風の巫女が雨雲を晴らして虹がかかったときは、皆が騒いだな」
「あらまあ、かなり派手なものをご覧になってしまったのですね。しかも子どものころ。これは痛いです」
「何が痛いんだ」
「思い出補正というやつです。それを上回るのは至難の業。これはますますもって不成婚という形にしなければなりませんね。頑張りましょう」
「おまえ、さっきからなに言ってんだよ」
「かなり残念なお知らせなのです。どうか気を落とさないでくださいな。いえ、もう叫んでくださっても構いません。でも武器を持って王都に攻め入ることだけはご遠慮いただければ助かります」
「結論を言え」
のらくらと遠回りしつづける姫に、ライムンドは言う。
すると姫はやや視線を逸らせ、観念したように呟いた。
「わたし、はずれの巫女なんです。雨も風も呼べない。私が呼ぶと、雪が降るんです」
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