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誰かがいつのまにか設置した椅子に並んで腰かけて、ライムンドは改めて姫の言葉を聞いた。
スノーティア・ベンティスカ・デー・モンテ・ウォルータエ・ライネ・ムースン。
古代ムースン帝国の血を引くと言われている、ムースン一族、五の姫。
一族の者は多かれ少なかれ天候を操る能力を持っている。突出しているのが王族というだけで、一般の民でも小さな風は起こせるのだという。
異端として迫害されたが、十数代前の王がムースンの民を受け入れた。北嶺に土地を用意し、その感謝として助力するかたちで今に繋がっているらしい。
「行き場を求めてきた移民だったと」
「ええ。そのくせ『我々は彼らとは違うのだ!』とか言っちゃうひともいますけど、まあ老害ですね」
「そうか」
「助け合うのはいいことだと思うんですよ。おかげで暮らしが成り立っているわけですし、芸の興行みたいなものだと思いません?」
「だいぶ違うと思うが。それで、あんた――えっと、スノーティア・ベンテン……?」
「いいですよ、覚えなくて。すみません面倒で」
連なった名前にはそれぞれ意味があるらしい。
両親の旧姓、加護、生まれた日の天気、吉兆とされる方角、名付け親の名前などなど。
長ければ長いほど位が高い証なのだとか。
「普段はなんと呼ばれていたんだ?」
「ひとによって違いますけど、多かったのは『デー』ですね」
「やけに中途半端な」
「どこを切り取ってもいいですよ、お好きにどうぞ」
「じゃあ、スノーティア」
先頭にあって、まず覚えたそれをくちにすると、姫――スノーティアは呆けたように固まってこちらを見た。澄んだ青空のような瞳に己の顔が映っている。
「どうした、駄目ならそう言えよ」
「いえ、いいえ、いえいえいえ」
パタパタと目の前で手を振って否定し、スノーティアは俯いた。
なにやらしばらく肩で息をしたのち、ふたたび顔をあげる。
「本題に入りましょう。御業のことです。多くの港町がそうであるように、風が期待されていたかと思います。いかがですか?」
「否定はしない」
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