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「そうでしょうとも。風を操ることができれば、船の安定性は上がります。ですがさっきも言いましたとおり、わたしは風が呼べないのです」
「雪を呼ぶといったな」
「ええ、なぜか雪が降ります」
「雨ではなく」
「雪です」
そう言うと、スノーティアは手のひらを上に向けた。
すっと表情が消え、瞳が虚空を見据える。
人さし指がわずかに動いたあと、はらりと目の前になにかが舞い降ちた。それはまるで花びらのようではあったが、今の季節に咲いている花はないはずだ。
ライムンドは空を仰ぐ。
すると、空から灰色の埃が落ちてきた。
しかし目線の高さにまでくると色を変え真っ白になり、地面にポタリと落ちるとしばらくして消えた。
雨でもないのに頬が濡れ、ぬぐってみると指先が湿る。ハラハラと舞うそれを手のひらで受ると、ひんやりと冷たい。夏に食べる氷菓子のようなもの。それは。
「……雪」
「パルガンでは降りませんか?」
「ああ、少なくとも俺は、島で雪が降ったのを見たことはない」
大陸南部は温暖な気候ということもあり、冬であってもさほど気温は下がらない。
「御業というのは歌を伴うものではないのか?」
「ああ、あれはハッタリですよ。だって歌ったり舞ったりしたほうが、それっぽいでしょう?」
「夢を壊す発言だな」
「奇跡の裏側なんて、そんなものです」
肩をすくめるスノーティア。
いつしか雪は止み、普段と変わらない日射しが肌を温める。
雪を呼ぶスノーティアは、北嶺地では無意味な存在だったのだろう。なにしろ放っておいても降る。わざわざ呼ぶ必要はない。
砂漠に雪を降らせたところで、それは飲み水としては使えない。せいぜい足裏を濡らす程度。
おまけに降る雪はパウダースノウ。砂に似たそれは、歓迎されなかったという。
「というわけで、わたしは役立たずなのです。すみません」
「あんた勘違いしてるな。べつに俺はそんなものを求めてるわけじゃない。雨季になれば死ぬほど雨は降るし、風は常に吹いている」
「ですから、それを人為的に」
「そこが違うって言ってんだよ。俺たちは自然と共存して生きている。操ろうなんて思っちゃいない。普通の人間はな、それが当たり前で生きてんだよ」
「……わたしは最初からいらなかったんですね」
苦笑したスノーティアにライムンドは大きな溜息を落とし、ひとつ提案をした。
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