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<1・オフィスレディの恋煩い>
こんな歌を聞いたことがある。
恋ってどんなもの?ファーストキスってどんな味?それはきっと金平糖のように甘くて切ないとびきりの味。あるいはビターなチョコレートのように、時々ちょっぴり苦くなる、と。
――はあ。私、めるへんちっくー。
あるいは、無駄にロマンチストと言うべきなのか。もう恋する“乙女”なんて呼べるような年ではないはずなのに――と、西岡つみきは思う。
二十八歳、OL。アラサー、なんて言葉は自分が実際に三十路を越えてからでないと絶対に使いたくないという、意地っ張りなお年頃。オフィスでついつい手を止めてちらりと見つめる先は、後輩に仕事を教えているとある一人の男性の姿が。
神楽疾風。二十六歳で自分より二つ年下だが、この会社に入ったのは転職組である自分よりも早い。某芸能事務所に所属していましたと言われても通りそうなほど可愛い見た目をしている、と思う。すらりと背は高いが顔立ちはどことなく幼い。というか、こんなかんじの女の子普通にいるよなあ、というような綺麗な顔をしている。目が大きくて、辛い仕事の最中であってもキラキラしているし、笑顔での対応も忘れないタイプ。
後輩達への指導が抜群に上手いので、二年目以降専ら指導係を任されることが多いという。実際、つみきに仕事を教えてくれたのも疾風だった。それでいて、自分の仕事も手早くちゃっちゃと終わらせるのだから、会社としては理想的な人材だろう。イケメンとは往々にしてモテる反面同性や上司のウケが悪くなることも少なくないが、つみきが見た限り疾風はそれに当てはまらない。好かれ過ぎて、上司や先輩後輩の飲み会に誘われまくって困っているほどだ。――某有名大学出でもあるし、はっきり言って何この完璧超人?というレベルである。
まあ。
「うわったぁ!?」
「あ」
つみきが見ている前で、彼がすっとんきょうな声を上げてスっ転んだ。近くを通った女の先輩が、“すんごいコケ方したね、何もないのに”と目を剥いている。――まあ、唯一の欠点?と言うべきがこのドジっこぶり、不運ぶりであるのだが。彼が何もないところでスっ転ぶのを、つみきは何回見たことか。
――まあ、それもそれで可愛いんだけどねえ。
そろそろ自分の作業に戻らないといけない。なんせ、パソコンには“残り二百五十件”という無慈悲な数字が表示されている。大量に送られてくる、WEBライターさんの記事をチェック、ルール違反や誤字脱字がないかを確かめるのが自分達の仕事である。あとは文字数違反。極端に文字数が多い、少ないも弾かなければいけない。一つの記事あたり千文字前後とはいえ、それをなん百閒も毎日こなすのは目がちかちかしてくるというものである。
まあ、細かな作業を複数よりはまだ、地道にコツコツやった方が向いているのがつみきだ。作業量も多いし頭が痛いからやだ、なんて投げ出すつもりはまったくないのだが。
――ていうか、この会社やめる選択肢もないしね。時々仕事量がエゲツないけど。
もう一度ちらり、と疾風を見る。彼は近くを通った男性社員に助け起こされたようだった。自分の席が近かったら自分が駆け寄ったのにちくしょう、と心の中でぼやく。
彼にとっては自分など、何十人もいる“自分が教えた後輩”の一人に過ぎないことだろう。でも、つみきにとっては違うのだ。
――どこの誰だよ、恋は金平糖みたいに甘いとか言ったやつ。
ため息をつくと幸せが逃げるらしい。
わかっていても、勝手に出てくるのだからどうしようもない。
――ほんと、ありえない。……こんな気持ち、苦いだけじゃん。
彼氏いない歴=生まれた年数。
地味でオタクな二十八歳女子、西岡つみき。
人生初めてのまともな、そして報われない片思いをしている真っ最中である。
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