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“ソフィア王女の伴侶には、この国で一番強い男こそふさわしい。我こそはという者は集え:いざ天下一武闘会開催”
王立騎士団の食堂に張り出された一枚の布告。
白薔薇騎士団の団長、クリスティアンは長いことその前に立ち尽くしていた。
その騎士団の名に相応しい、白の軍服を纏った麗姿。伸びた背筋に白金色の髪が流れている。鍛えても細い肩、引き締まった手足に筋肉の厚みはほとんどなく、身長も決して高くはないが、とかく華がある。
振り返れば、けぶる蒼の瞳に星の煌めき。並の美女を寄せ付けない、整いすぎた容貌。
――団長が、女だったら。
――いや、あのレベルなら男だろうと。
団員をはじめ、王宮内外、騎士団の立ち寄り先など、どこへ顔を出しても人々に囁き交わされる。
ときに隠す気もなく、聞こえよがしに言われるその噂話は本人の耳にも届いている。
今も。
(聞こえている)
超然とした表情を維持したまま、クリスティアンは心の中でため息。
クリスティアン――実は、偽名。
本当の名はソフィア・オルレアン。「国で一番強い男としか結婚しない」と公言し、武闘会の開催を決めたとされるこの国の第一王女そのひと。
これまで公式行事に姿を見せることもなかったのに、いざ国民に向けて公的な発言を出したかと思えば、内容がそれ。なんとも珍妙なことを言う、と遠慮のない物笑いの種になっている。
(行事にはずっと出席していたんです。王族席ではなく、警備側で、ですが。しかも責任者クラスで)
ソフィアは、ごく幼い頃に「姫」であることをやめてしまった。やけにさばけた性格の叔父である宰相が「王宮にこもっていては民草のことなど何もわかりませんぞ」と煽り、ソフィア自身がそれを「もっともだ」と納得してしまったがゆえに、勉強のかたわらに様々な訓練に打ち込むことになったのだ。
父である国王もまた、ソフィアの選択に寛容で、「やりたいことはやらせておけ」とあっさり許可を出してしまった。
やがて、剣に天賦の才が見い出された。
ならばそれを活かす生き方をしたい。ソフィアが希望した通りに、「クリスティアン」という偽名と仮の身分が用意され、王立士官学校に通うことになった。
このとき、男装した。
身体能力が女性の中ではずば抜けていたので、実技は男性に混じった方が良いというソフィア自身の判断であり、「それがやりたいことなら」と理解ありすぎる周囲に承認されてしまったのである。
そのときから、ソフィアはクリスティアンという男性として二十歳の現在に至るまで過ごしてきた。
国の片翼を担う白薔薇騎士団の団長に収まったのは、容姿の見栄えのおかげとも影で囁かれていたが、何よりも実力がものをいった。
ソフィアの剣技は長じた今でも異彩を放っており、精鋭揃いの騎士団にあっても他を圧倒している。
騎士としての地位はまさに盤石。しかしここでついに、父王から待ったがかかった。
――さすがに、いつまでもそのままというわけにはいかん。子どもは産んでおけ。子作りは王族の責務だ。せめて励むふりだけでもするように。
――私はもう長いこと女として生きていないので……、突然夫だ子どもだ、と言われましても。
ソフィアは力なく反発したが、ことこの期に及んで自分の意見を通せるとは考えていなかった。
生まれは姫である。その責務を放り出していると言われてしまえば、生真面目な性格上、突っぱねることなどできはしない。
そうは言っても、その年齢まで脇目も振らずに駆け抜けてきて、愛も恋も知らない。
知らないなりに義務として受け入れようとしても、外敵に対して鍛え抜いた体。突然「子作り用の夫」など用意されようものなら、閨で返り討ちにしてしまう恐れが十二分にある。
――条件を出すことをお許し下さい。強い相手を……できる限り強い相手を……。私よりも強い相手が良いのです。私に倒されないくらい。
この意見は父王や宰相に納得とともに受け入れられた。
こうして「王女の婿選び天下一武闘会」開催が決まったのである。
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