青薔薇の君に降り積もれ、誠の愛は

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 負けるつもりはなかった。  実際に、ソフィアは決勝まで勝ち抜いてきた。あと一人。その一人さえ抜けば試合は全て終わる。  立ちはだかったのは、青の軍服姿の長身の青年。普段はライフルを背負っているのに、この場では剣を腰に帯びていた。  無敗。  圧巻の剣技で勝ち上がってきた。 「なんで狙撃兵をしています?」 「接近戦が不得手と言った覚えはない」 (ここまで戦えるなんて思わなかった。何年も副団長職だし、剣を振るっているところも見たことがなかったから。青薔薇のアレッシオ……!)  戦う前だというのに、目眩がしていた。  アレッシオの試合を目の当たりにしてきて、気持ちが挫けかけている。負ける。強い。  弱気に襲われたのを振り切るように、ソフィアは剣を構える。  規律遵守の王立騎士団とはいえ、ひとたび戦場に立てば吠えるのも煽るのも必須スキル。  笑ってみせた。 「王女殿下へ、恋心でも? あなたの場合、野心とはどこか違う」 「慧眼。たしかに、野心はさほど。それよりも、そうだな。今日この剣によって殿下に捧げるは恋心と呼ぶのがふさわしいだろう。本気だよ」  アレッシオが、剣を構えて、囁きの音量で続けた。恋をしている、と。  耳にした瞬間、震えが走った。  澄み透る紺碧の瞳に撃たれる。 (青薔薇のアレッシオに望まれる姫君に……、私は胸が焦げるほど嫉妬している)  その感情はいつから芽生えたのか。彼と先輩後輩として知り合い、やがて同僚として過ごしてきた日々が記憶の中を凄まじい速さで巡る。  二人の間に降り積もってきた年月の重み。  何度も、その腕の精確さに助けられてきた。後方から守られる安心感。青薔薇が近くにいると思うだけで、どんな戦場でも決して負ける気がしなかった。信頼していた。だが、彼にとって自分はどうあっても男であり、恋愛の意味で望まれることはないと。  諦めて。  見ないふりをして。  あくまで騎士仲間なのだと納得しようとしてきたのに。 「どうして。どうして会ったこともない姫君に、そこまで惚れ込める?」 「その問いを、ここまで無傷で勝ち上がってきた白薔薇の君が口にするか。大方、同じだよ」 「同じ? どこが? アレッシオは私の何を知っていると」 (何も知らないくせに。私の真実の名前、素性、性別すらも。私が教えたことがないから! 打ち明けなかったから! 知らせないうちにあなたは、勝手に王女を好きになって……)  理不尽な怒りを抱いている自覚はあったものの、おかげで我を失う一歩手前まで闘志が持ち直した。 「俺はクリスが思っているより、クリスのことを知ってる。だから、この試合が終わったら」  アレッシオに皆まで言わせず、ソフィアは剣で打ち込んだ。先手必勝。かわされるつもりはなく、一撃で仕留める心づもりで。  甘かった。  普段ほど剣先に鋭さがなく、雑な動きで大振りになっていた。気づいたが、修正はきかず。 「……ひとの話聞かないんだよね。クリス」    まだまだ余裕を残しているアレッシオの剣に剣を受けられ、あろうことか叩き折られた。体勢を立て直す間もなく足払いで容赦なく転ばされ、首の横の地面に剣を突き立てられる。  遠くで、どっと観衆が湧く。声が空気を震わせ、寝そべった地面まで揺れている感覚があった。  青空を背負ったアレッシオは、面白くもなさそうな声で言った。 「降参ってことで良いな? 俺の勝ちだ、白薔薇の君」  * * *
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