青薔薇の君に降り積もれ、誠の愛は

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 だめです!!  叫びたい気持ちだったが、こらえる。 (声。声出したら気づかれちゃう。クリスティアンとソフィアが同一人物だと……! 落ち着かないと。まずは部屋中の灯りを消す。それから、なるべくしゃべらない。見た目も言葉もなければすぐには結び付けられないはず……)  完全に動転して、実現不可能な作戦を立てていた。 「返事が無いようですが、中で倒れていませんか?」  ドアの外から再度声をかけられて、ソフィアはシルクの夜着の裾をさばきながら、その場に膝を抱えてしゃがみこんでしまった。  顔をうつむけて、くぐもった声で応える。 「お入りください。あなたにはその権利がある」  がちゃ、とドアの開いた音を、顔を伏せたまま聞いた。戦士の感覚で、相手との間合いをはかる。それほど近づかず、ドアのすぐそばで足を止めたようだった。 「お顔は見せてはいただけませんか」 「いただけませんね」 「どうしても? 結婚するのに?」 「したいんですか」  返事がなく、場が静まり返った。  不安になるほどの間を置いて、ソフィアはついに顔を上げた。  勝者の青薔薇はドアのそばから動いておらず、遠巻きにソフィアを見ていた。その距離感に言いようのない思いにかられてしまい、ソフィアは立ち上がると、ドアまで歩いて近寄った。 「そんなにアレッシオが王女にご執心とは思いませんでした。どうです? びっくりしました? 私ですよ? べつにこれは決勝戦で負けた罰ゲームとしてここで王女の仮装をしているわけではなく、正真正銘私が王女なんです。びっくりでしょう!」  緊張が振り切れたせいで、自分でも思ってもいないほど饒舌になってしまった。  アレッシオはといえば、硬直したように動きを止めていたが、ソフィアが口をつぐむと同時に熱に浮かされたような口調で言った。 「いつもの凛々しい姿も美しいが、女性の装いをすると可憐さが際立つ。本当にあなたは俺の妻になってくれるのかな」  頬をうっすらと染め、感極まったかのようなまなざし。純粋そのものの反応に毒気を抜かれ、ソフィアは咄嗟に啖呵を切るが如く言い返した。 「閨で私に寝首をかかれない自信があるなら。試してみます?」 「今晩はそこまでと思っていなかったけど、クリス、いやソフィア様はそのおつもりで? 寝所をともにすると?」  ……。 「いえいえいえいえ!? いまのははずみです、もののはずみ。待って。時間を巻き戻しましょう。いまの会話無かった。無かった。何も無かった。今日は顔合わせみたいなものだし、焦らず急がず一緒にお茶でも飲みましょう、いつもみたいに。むしろ白湯。お茶も刺激物みたいなものですから、軍規に乗っ取り、戦場での野営のように」  くるりと背を向けて、水差しを確認する。 「水でも興奮するかも。もうずっと前から好きだった」 「何言って」  振り返ろうとしたところで、背中から抱きすくめられる。 「目の前に長いこと好きだった女性がいて、『状況は公認で』夜の寝室にふたりきり。俺はこの場合、どうするのが正解なのか」 「難しい問題ですね! 手を出せば鬼畜ですけど、手を出さなければヘタレとして青薔薇騎士団で長く語り継がれることでしょう!! 私もそのへんの機微は存じ上げております、男性としての暮らしも長いので!!」 (アレッシオ、腕力ある……っ。びくともしない)  腕から逃げようと暴れてみたが、無駄らしいと結論が出たところで、ソフィアは息を吐いて脱力した。 「ソフィア姫が好きなのなら、クリスティアンのことはどう思っていたんですか。遊びですか」 「質問の設定がおかしいけど、俺は姫君を騎士団内でそれとなくサポートする役割だったので、ほぼ最初からふたりが同一人物なことも、なぜ姫君が人前に出てこないかも知っていた。答えはそれで大丈夫か? クリスの夫になるためにクリスに圧勝した。遊びってなんだ?」 「なんだろう……動転してる」  言いながら、ソフィアは笑みをこぼす。胸の前にまわされた腕を手で軽く叩いて力をゆるめさせ、振り返ってアレッシオの顔を見上げた。  鮮やかな紺碧の瞳に自分の姿が映っているのを見ながら、囁いた。 「今日はベッドが使えません。使えないんですよ、薔薇で。朝まで水でも飲んでお話をしましょう。まだ除隊する気はないですし子作りは計画的に」 「了解」  甘い薔薇が薫る中アレッシオは、ソフィアの額に唇を寄せて、優しい口づけをひとつ、ふたつと落とした。
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