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我ながら厳しい口調だ。王妃は表情を変えることもなく、実に貴人らしい動作で頷いた。
「ええ、もちろんよ」
本棟の方から微かに、朝の始まりを告げる鐘の音が聞こえてくる。庭では、小鳥たちが喧嘩をし始めた。
シレンはやにわに、椅子から立ち上がった。
「……さて。こんなに暑いのですから、喉が渇きになっておいででしょう。なにかお飲み物でも用意いたしましょうか? 」
王妃の顔がぱっと明るくなった。
「そうね。爽やかな薬草茶が飲みたいわ」
「ただちに」
シレンは、王妃が首飾りを器用に身に着けるのを見届けて、花の間を出た。
何とも言いがたい気分だった。
王妃は賢い。また、得体の知れぬ男に恋心を抱くほど世間知らずでもない。分かってはいるものの、不安が押し寄せてくる。
本棟へと続く廊下は、ひっそりと静まり返っていた。真っ白な後宮の道を、シレンは滑るようにして進んだ。
きっと、彼女は淋しいのだろう。慣れない異国の地で、狭い宮の中に閉じこめられて。使用人には陰口を叩かれ、臣下たちからは冷たい視線を送られる。愛すべき夫は、ほとんど『花の間』には寄りつかない。安っぽい音楽に酔いたくなる気持ちも、分からなくはないが。
しかし、あの唄い鳥は。
一見したところ、その男は砂漠の民の者のように見えた。顔のほとんどを日よけ布で覆い、手首に石の連なった腕輪をはめている。
だが、よくよく見てみると、どこかが変なのだ。例えばそれは、妙に達者なラトア語であったり、きれいすぎる装束であったり。特におかしいのが、あの無骨な手で……。
そう、手だ。あれは詩人の手ではなく、武人の手だった。
王妃はなぜ、気付かないのだろう。それとも、気付いていながら知らぬふりをしているのだろうか。
いずれにせよ、あまり近づかせるべきではない。
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