第一章 消えた耳飾り 01

5/9
前へ
/79ページ
次へ
我ながら厳しい口調だ。王妃は表情を変えることもなく、実に貴人らしい動作で頷いた。 「ええ、もちろんよ」 本棟の方から微かに、朝の始まりを告げる鐘の音が聞こえてくる。庭では、小鳥たちが喧嘩をし始めた。  シレンはやにわに、椅子から立ち上がった。 「……さて。こんなに暑いのですから、喉が渇きになっておいででしょう。なにかお飲み物でも用意いたしましょうか? 」 王妃の顔がぱっと明るくなった。  「そうね。爽やかな薬草茶が飲みたいわ」 「ただちに」 シレンは、王妃が首飾りを器用に身に着けるのを見届けて、花の間を出た。  何とも言いがたい気分だった。  王妃は賢い。また、得体の知れぬ男に恋心を抱くほど世間知らずでもない。分かってはいるものの、不安が押し寄せてくる。 本棟へと続く廊下は、ひっそりと静まり返っていた。真っ白な後宮の道を、シレンは滑るようにして進んだ。  きっと、彼女は淋しいのだろう。慣れない異国の地で、狭い宮の中に閉じこめられて。使用人には陰口を叩かれ、臣下たちからは冷たい視線を送られる。愛すべき夫は、ほとんど『花の間』には寄りつかない。安っぽい音楽に酔いたくなる気持ちも、分からなくはないが。  しかし、あの唄い鳥は。  一見したところ、その男は砂漠の民の者のように見えた。顔のほとんどを日よけ布で覆い、手首に石の連なった腕輪をはめている。  だが、よくよく見てみると、どこかが変なのだ。例えばそれは、妙に達者なラトア語であったり、きれいすぎる装束であったり。特におかしいのが、あの無骨な手で……。  そう、手だ。あれは詩人の手ではなく、武人の手だった。  王妃はなぜ、気付かないのだろう。それとも、気付いていながら知らぬふりをしているのだろうか。  いずれにせよ、あまり近づかせるべきではない。  
/79ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加