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「まあまあ。文官も戸惑っているのでしょうよ。古代ラトア文字を読みたがる人なんて、学者くらいしかいないでしょうに、あなたみたいな小娘が来るのだから」
「小娘ではありません。もう二十です」
「老官からすれば、十六も二十も同じだわ。……それにしても、惜しいことをしたものね。もう少しロトにいれたなら、あなたを女官にさせてあげることができたかもしれないのに」
王妃の顔に影がよぎる。
「今となってはもう、叶わぬ夢だけれど」
「殿下、そのようなことは。買いかぶりすぎですわ」シレンは慌てて言った。「女官など、私には重すぎる務めでございます。各国の賓客たちをもてなすためには、鋼のような心が必要でしょうが、私は思ったことがすぐに顔に出てしまう性質ですし……」
「そうね」
王妃の顔に、小さな灯火ほどの明るさが戻った。
「確かに、分かりやすいところはあるわね。さっきだって、ものすごい形相で左の腕をにらんでいたし」
「見ていらしたのですか」
「まるで、親の仇と言わんばかりの表情だったわ。……そんなに、この革紐が気に入らないの? 」
「ええ」
シレンは即答したあと、少しだけ考えを巡らせた。
「その、宰相様のお心遣いは大変ありがたいのですけれど、私は月の民として育ったものですから。それに、この飾りときたら、なんだか派手な香りがして」
本当は、宰相の態度が気に入らないだけだったが、そのことは黙っておくことにした。
王妃は少しだけ背を屈め、上品な仕草で革紐の香りを吸った。
「確かに、甘い香りがするわね」
「胸が詰まりそうですわ。治療師に相談して、外すことができるように許可を頂こうと思っているんです」
「まあ、あなたらしいわね」その声には、非難と称賛が入り混じっていた。「宰相様からの贈り物を拒むだなんて。他の子は怖がってそんなことはしないわ。その勇気が悪い方向に向かわなければいいんだけど……」
王妃は何かを思い出すように、言葉を切った。
「そういえば、陛下も同じようなことをおっしゃっていたわ」
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